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2002.11.27
ルモンド。「ビストロ」の由来と、今も昔風の料理が出るパリのビストロのご紹介。これは大変勉強になりました。
La gloire
au Bistrot (2002.11.27)
ビストロに栄光あれ
ビストロとは昔からあって、その社会的役割も決まっていたと考えていたら、大間違い。ノートルダム聖堂のしたにある、一番古いビストロの一つを訪れる。
「ビストロ」とは何を指すか。俗語では、そもそもカフェとか小さなレストランを併設している葡萄酒商人のことを指したが、そこから派生して、その場所とか、カフェや、あまり高くないレストランそのものを指すようになった。ビストロが、パリで、その内装から、普通の納税者ではとても払えないような勘定の高い店の名前に用いられるようになったのは、ごく最近になってからのことである。
全てにおいて混乱がある。語源学的にもこの言葉はよく分からない。長い間、我々は、ラルース辞書にも書いてあるので、1814年(訳注:連合国のパリ入場、ナポレオン退位の年)にシャンゼリゼで野営したロシア軍のコザックが、料理屋のサービスがあまりに遅いので、店主をロシア語の「早く」を意味する「ヴィストロ」と怒鳴りつけたことから「ビストロ」となったと信じてきた。しかし実際には、この言葉は1884年までは出現していないのだ。ユイスマンスが1898年にサン・セヴラン地区の情景を描写した記述には、ビストロは(ビストロを経営する)人間を意味するものとして使われており、その場所の名前は、はっきりとビストロではなく、レストランという言葉を使っている。
詩人のコレットは、パルミールというビストロでの、1914年以前の次のような情景を描いている。「あの奥のテーブルの鶏のシチューを頼んで20フランの金貨で払った客だが、俺の定食メニューはお気に召さないらしく、別の単品料理を頼みよった。レストランで食べるつもりになってやがる」との記述である。ビストロとは明らかに、店の雰囲気でと言うよりも「レストランではないということで」はっきりと他と区別されていたのである。
カフェの全盛時代では、ル・プロコープがモデルとされていた。田舎では「オーベルジュ」が酒と料理とと寝床とを提供していた。フラマン地方では「マストロケ」といった。その他、「ビュヴェット」、「キャバレー」(語源は小さな寝室)、「ガンゲット」、「タベルヌ」などなど、現代では忘れられたりあまり使われない表現が使われていた。
これらの多様な施設が、少しずつ、町でも村でも、建物を共同の集合的建築に建て替える際などに、名前が「ビストロ」に置き換わってきた。スイスのある地方では、浮浪者のことを「行きつけのビストロを持たない人間」という意味の文章の頭文字の組み合わせ「SBF」というではないか(訳注:フランス語では「定住所を持たない人間」の頭文字「SDF」が使われる)。
町の記憶は、思い出と、やがて忘れ去られる今日の閃光の間を、揺れ動く。ビストロとは多くの人にとって、商品経済や町の変革に抵抗して生き残った場所として、記憶されているのである。クロワットル・ノートルダム通りは、大学が出来る前に存在した貴族学校の所在地として知られるが、その14番地に、かの毒殺女、ブランヴィリエが懺悔に通ったことで有名な家が残されている(ブランヴィリエは、信仰の厚い女だったのだ。それでも最後は火刑に処せられた)。
この建物は、約一世紀前に建てられたものだが、現代、19世紀末に造られたビストロの原型と見なされている。地味なファサード、入ってすぐの部屋は、昔風の寄せガラスで修復されており、二番目の部屋もおとなしい感じで、昔は遊技場として使った部屋である。オーナーはエリック・トロンピエといって、1999年に此処に感動して購入、すべて昔のままに維持している。料理人も25年に渡り此処で働いてきた人である。
メニュー(カルト)はほとんど毎日変わらないが、季節の品が必ず二三皿入っている。常連には、料理をリヨン風にするか普通の伝統的な味付けにするか選ばせている。自家製のパテ、揚げ物、半熟卵に固ゆでタマゴ、ヴェジェタリアンにはネギの酢漬けや生キノコのサラダ。エスカルゴにソーセージとジャガイモの揚げ物、すかんぽ入りのムール貝、肉団子の串焼きなど、リヨンの伝統がきっちり守られている。ブーギニヨンやペパー・ステーキ、カエルのもも肉プロヴァンス風などなど、グローバル化の波が我々の食卓を変え、ビストロの将来をも危うくしている中で、よく頑張っている。
ある有名レストランのシェフは、この店「ル・ヴュー・ビストロ」が嘗てのパリの食事をするのに最良の場所であるという。猪のシチューですら、「今日のメニュー」として出てくるのだ。これは24時間もコルシカ風マリネに猪肉をつけ込んだものを料理するのだが、料理法もさることながら、どこの猪を使うのかも重要なところである。
ここでは、真空パックも冷凍乾燥させた食品も使わない。ソースはあくまでも天然素材から作る。団体の観光客は、このビストロが料理の栄光に輝くパリの中心部にあるにもかかわらず、寄りつかない。ノートルダム聖堂のすぐ下に位置するこの地味なビストロは、まさにボヘミアンの首に掛かる宝石のような貴重な存在なのである。
もう一つ。先ほど語源学のお勉強で、1848年に「キャバレー」とはボヘミアンが寝るところと云う意味であったと学んだが、当時その場所で供される粗悪な酒を「ビストゥーユ」と呼んだことは言ったかしら。ある人達によれば、「ビストゥーユ」も「ピトルーイユ(北部で悪いワインを意味する言葉)」も「ビストロ」も、全部同じ語源から來ているとのことだ。何故そうなのか、行って確かめてみよう。
Jean-Claude Ribaut
Le Vieux Bistrot,
14, rue du Cloître-Notre-Dame,
75004 Paris ;
tél. : 01-43-54-18-95.
定休日なし、ア・ラ・カルト、40ユーロぐらい。
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