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余丁町散人(橋本尚幸)
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2002.11.11 ヨットの話題です。大西洋横断トリマラン単独レース「ルート・ド・ラム」は聞きしにまさる大変なレースのようです。極限まで船を軽く造ってあるのでとにかく事故が多い。強風より中風がむしろ怖いというのは如何にキチガイじみた船であるかということ。日本の新聞ではヨット関連はほとんど報道されませんが、ヨーロッパではまさに国民的なスポーツです。

Les grands multicoques fascinent le public et "stressent"  les skippers (2002.11.09)

巨大多胴型セーリングヨットは人々を魅惑させるが、スキッパーには「ストレス」を与える

「ルート・ド・ラム」に参加する18隻の60フィート多胴型ボートに乗り込む海の男たちは、レース中のとても辛い試練に耐えなければならない。「これらのレーシングボートは完全にキチガイじみたマシーンだ。人間がマシーンをこき使うのではなく、逆にマシーンが人間をこき使うということを知らねばならない」と参加艇「ゲアン」のスキッパーのミシェル・デジョワヨーは言う。

ミシェル・デジョワヨーは「ルート・ド・ラム」に参加することで喜んではいるが、来るべき数週間は、彼がやったばかりの93日間の世界一周単独レース「ヴァンデー・グローブ」とは比較にならないぐらい大変なものとなるだろうと予告している。この2001年2月の世界一周無寄港単独レースで優勝してから、かれは18.24メートルのモノコック単胴艇「PRB」を同じ長さの新しいトリマラン三胴艇「ゲアン」に取り替えたが、それはすべてを変えてしまった。「これらのレーシングボートは完全にキチガイじみたマシーンだ。人間がマシーンをこき使うのではなく、逆にマシーンが人間をこき使うということを知らねばならない。少しぐらいの休憩はとることが出来るが、一時間となるともう大変、二時間も休むと、もうこれは業務上過失寸前だ。だから強化ガラス製の球形囲い付の人間工学的に設計された操舵席を設置して、そこで舵を取りながら眠ることが出来るようにした」と彼は言う。

ビスキュイ・ラ・トゥリニテーヌで1998年からセーリングをしているマルク・ギルモは1985年に「ジェットサーヴィスV」で転覆事故を起こし重傷を負ったことを決して忘れはしない。「素晴らしいマシーンだが、ああいうボートで単独レースをすることは決して分別のあることではない。レーススタートの二日前にこんな議論をはじめても仕方がないが、帰ってきてから充分議論すべきだろう。自分はこのことは参加するスキッパーたちにとって重要な議論であると思う。アマチュアやマスコミ、それにレース運営者には関係ない」と彼は言う。

より軽く、より大きい帆面積を、より速くというトリマランの進化はスキッパーとレース戦略に大きな影響を与えた。全員、11月10には、不安の気持ちいっぱいで艇のもやいを解くのだ。ルモンド紙でも報道された最近頻発するマスト破損事故はスキッパーの不安をより増加させるものだ。

「以前は、より速く走るために艤装の調整をしていたものだが、最近は(逆に)マストを破壊させないようにスピードを調整しなければならない。一番難しいのは縮帆して眠りに行っても12ノットで走ることが出来る強風下ではなく、帆を全開にして走る中風下である」とソプラ・グループのフィリップ・モネはいう。

年々、この60フィート多胴艇レースが熱狂を高めているのは、賞金の高額もあり、海のF1レースとして大衆の人気を集めているから。それがこのレースの危険性にもかかわらずスポンサーが感心を寄せることに繋がる。

消費者の琴線をつかむことが重要、とスポンサーは言う。「ルート・ド・ラム」は明らかに人間に残された最後の大冒険なのである。これが世界中の人々の子供の時からの感情に訴えるのだ。だからスポンサーになった、という。

「このレースがスポンサーに引き起こした熱狂は、スキッパーたちにも伝染し、スキッパーたちは十分な準備なしにレースに急ぐことになる」と過去二回のレースに優勝したロラン・ブーニョンはいう。「新しい船では参加しない。この種のレースでは人間と艇のハーモニーが重要であり、後から駆けつけたスポンサーが大金を積んでもレースには勝てない。私が勝てたのは過去10年に渡る安定的なスポンサーとの関係があったから」と。

「ルート・ド・ラムにはいろんなスキッパーが参加する。優勝できずにスポンサーから切られる直前のスキッパーとか、リラックスして参加できる初心者とか、はたまたその中間に位置する優勝はしていないけれど過去4回参加したスキッパーとか、いろいろだ」

コヴフィのベルトラン・ド・ブロックは「艇に安心できるのは艇が水から揚がっているときだけ(水に着けるや否やいつ壊れるかわからない)」と冗談っぽく言う。ロイック・ペイロンも同じように考えている。彼は大西洋横断レースに二度優勝してからルート・ド・ラムに出たくなったものだが、1994年にはマストが折れ、1998年には一位で帰ったけれど障害物タック拒否で失格となった。「仕方がなかった。勝った奴は常に前向きにレースをしていたが、僕は常に消極的な後ろ向きのレースしかできなかった。最初からそう感じていた」

今回、ロイック・ペイロンは2001年に進水したばかりのトリマラン「フジフィルム」の舵を握る。「ルート・ド・ラムは自分にとって乗り越えなければならない通過点である。苦難はものすごい。数ヶ月乗ったのでわかるが(船が脆弱だと知っているので)とても怖い。でもそれを知っている方がいい。良い意味でのブレーキとなってくれる。とても航海が出来るような代物じゃない、とんでもない船である。マストが立っていると言うことは、まだ折れていないと言うだけことなのだから(必ず折れるようなマストだ)。でもこのレースは大変な拘束とストレスではあるが、レースのプログラムは良いし、参加艇の幅も広い。勝っても負けても2週間の苦痛を乗り越えるだけの値打ちはある」と話す。

そして次のように逆説的に締めくくった。「僕は勝ちうる艇の可能性を最大限に引き出しガンガン操縦することが好きなのだ。そういう苦しみのある艇を作ったのは自分たちなのだから、文句は言えない」と。

Patricia Jolly








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