Slashdot:言語は思考を決定するのか?……「PC」じゃないことは承知の上でいう:「言語は思考を決定する!」


Slashdot に曰く:
アマゾンのピラハー族の数の概念に関して観察を行っています。Gordon氏は、ピラハー族では数を表す言葉が無いために、数の認識に明白な影響が出ている、と結論づけています。「言語が私たちが考える方法や、考える事が出来る範囲を決定することが出来るのか」という議論に再び光を当てるものだという事だそうです。
何を今さらという感じ。当たり前のことじゃないの?

人間は言語によってしか思考できない。猫が考えることが出来ないのは言語を持っていないから。こんな当たり前のことを今さら議論するまでもないと思うが、科学者は「ポリティカリーコレクト」の概念の犠牲になりすぎている。野蛮人こそ純粋であるという奴だ。そんなことはない。言語を持たない人間は動物と同じだ。

日本人が辛うじて論理的な思考が出来るようになったのは、古代から輸入された漢文のおかげ。漢文がなければ、いまだに日本人は訳の分からない「祝詞(のりと)」でしか思考できなかったであろう。日本人が漢文に負うところは大きい。でも最近の若い世代は漢文が読めない。漢文から脱却し日本語による思考が出来るような日本語の確立を目指したのは漢籍に通じた夏目漱石であるが、その夏目漱石も中学校の教科書から消え去ろうとしている。

で、いま氾濫するのは、「感性」とかいう何か判らないものを基準にした文章。腦髓ではなく「臍の下」に訴える文章である。仲間内にしか通用しない「感性」は言語ではない。ネットで氾濫する「仲間内的ウヨ言語」も同じだ。このままでは日本人は、感情のままに「激高」を繰り返し、いよいよ猫と化していくしかないのである。

言語は思考に決定的な影響を与えることを適確に指摘したのはジョージ・オーウエルだ。その『1984年』で為政者が国民に「ショートスピーク」という人造言語を強制することで国民の思想をコントロールするさまがよく描かれている。「感性の文学」もそういう狙いがあって広められたのかも知れない。

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Posted: Fri - August 20, 2004 at 09:51 PM           |  


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