TBS:病気腎移植……「リサイクル」論者はもっとこういう問題を考えた方がいい


今晩の民放:
報道特集腎臓再利用(2)〜命かルールか?大詰めの病気腎問題
いろいろ勉強になった。

要旨:
  1. 腎臓が悪く透析を受ける患者の取材。本当に苦しそうでたいへんみたいだ。透析を受け続ければ、毒がたまるため大半の患者はやがて死んでしまうという。それより「ガン腎臓でもなんでもいいから腎臓移植を受けたい」と訴える患者の声は切実だ。
  2. ところが日本では病死した患者の臓器はほとんどが有効に使われない(捨てられる)。この比率は世界でも最悪。
  3. これを何とかしたいと臓器提供を患者に説得活動を続け得るボランティアの活動を追うが、ニッポンの旧習や学界の権威主義に阻まれ、善意の訴えは通らない。

倫理とかの議論は、はっきり言ってどうでもいい。死んでいく目の前の患者を助けることが重要だろう。死んだ人も、単に自分の遺体が燃やされてしまうのではなく、すこしでも社会に役に立ちたいと思っているはず(そうだと期待したい)。ところがうまく行っていない。

提案だが、現代日本には「リサイクル」を主張する環境論者が多い。「リサイクルは資源の無駄遣いだ」とする有力な学説もあるが、彼らはそれを無視する。彼らは経済合意性を無視する、いわば「リサイクル教徒」なのだ。信教の自由は否定しない。でも、そうだったら、彼らにこそまず自分の臓器を「リサイクル」して貰うべく臓器提供カードに署名して貰おうではないか。ゴミのリサイクルよりよほど社会的に有用なリサイクルだと思うが、如何。

Posted: Sun - March 18, 2007 at 08:15 PM           |


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