「東京人は京都人が気にとめない二十年前のことに涙を流す」(山崎正和)


上の引用は孫引きです。今朝の日経新聞「文壇往来」コラム<都市の光と影「東京人」200号>で編集委員浦田憲治はこう書きました:
「東 京人」四月号の丸谷才一との対談で関西人の山崎正和はこう指摘した。「東京人は京都人が気にとめない二十年前のことに涙を流す」「ノスタルジーやエキゾ ティズムの才能がある」。たしかに東京人の多くは初代か二代目だろう。しかしこうした地方出身者が集まる雑多で自由で浅薄なエネルギーこそが「東京人」の 最大の面白さなのかも知れない。
山崎正和の指摘は鋭い。でも浦田憲治もよくぞうまく言い返した! 

川本三郎に云わせると東京の昭和20年代の昔の風景にノスタルジーを感じないのは田 舎ものとのことだが(どっかの講演会でのご発言)、そんな線引きをしてもらっても困る。散人が東京に出てきたのは昭和の40年代であり立派な「田舎もの」 であるが、当時の風景はもはやほとんど東京には残っておらず、たまにそういう風景に出くわすと田舎ものでも(くどいな)充分ノスタルジーを感じるのであ る。

でも、ここで不思議なことがある。関西も同じよう に都市景観が大きく変貌している。当然関西人である散人は、関西の昔の姿にノスタルジーを感じて然るべきなのであるが、どうもそういう感じがしない。変 わったなと云うだけの感じなのである。昔の姿や情緒がどうも自分の中に定着していないのではないかと思う。なぜか。

感覚が定着するには自分の経験ばかりでは足らないのではないかと思う。芭蕉が白河の関にとてつもなく愛着を感じていたのは西行がいたからであろう。西行を読んだからこそ芭蕉はまだ行ったこともない白河の関にノスタルジーを感ずることが出来た。

やはり、昔の関西について書かれた印象的な文章がすくなかったから(少なくともそのような作品を散人が読んでこなかったから)昔の関西に対してじゅうぶん大きなノスタルジーを感じることが出来ないのだと言わざるを得ないのだ。

山崎正和などの関西の文化人は、もうちょっと関西を舞台にした傑作をたくさん書き残すべきであったのである。

(追記)
「火垂るの墓」(野坂昭如)は別だ。昔の阪神間の姿がすごくヴィヴィッドに描かれている。あれにはすごく感動。でも野坂は本当の関西人じゃなかったな。

Posted: Sun - March 28, 2004 at 07:04 PM           |  


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