「世の中を変えたいと思ってもうまく行かないので、現実の状況をあるがままに受け入れたくなり、ついに頭で考えなくなったのが右翼」(片山杜秀)
今朝の日経読書欄で興味深い本の紹介と著者のインタビューがあった。著者が言っている掲題の言葉は、散人の実感と見事に一致する。
この本とは:片山氏の言葉を少し詳しく引用すると、こう:「世の中を変えようとしてもうまく行かないので、現実の自分や社会状況をあるがままに受け入れたくなり、ついに頭でものを考えず、体だけが残るという道筋が見えてきた」
要は「開き直り」の思想だと言うこと。存在するものにはすべてなにがしかの合理的な理由があるわけだから、こういう論法を主張しても大きな失点がないように見えるのだ。東京の電線と電柱が見苦しいと言われると「犬が小便するのに便利だから」とか「このアジア的混沌が美しいのだ」と強弁することになる。日本の農業の生産性を何とかしないと行けないと言われると「農業こそがニッポン文化だ」と開き直る。経済界でもこういう開き直りが90年代まではよく見られた(終身雇用や株式の持ち合いのどこが悪いとか)。しかし、こんなことを言っているうちに日本は中国に負けてしまったので経済人はもうこんなことは言わなくなった。でも、国際競争に晒されていない産業分野では、いまだにこういうウヨ的開き直りが目に余る。
Posted: Sun - October 21, 2007 at 11:38 AM
|