「富や地位を手に入れる上で勉強は役に立たないとニッポンの子供は考えている」(耳塚寛明)


今日の日経「まなび再考」コラムで耳塚教授が。「子供たちがこうなったのは社会がワルイ」というのはアホサヨインテリの紋切り型だが、この点に関してはあいつらが正しい。そういう風に子供が考えるようなニッポン社会にしてしまった大人がワルイのである。

耳塚教授の言葉抜粋:
  1. 東京、ソウル、北京、ヘルシンキ、ロンドン、ワシントンの小学五年生を対象とした国際調査。日本の子供の学習時間はとても短い。
  2. 会社や役所に入って偉くなるために勉強が役に立つと答えた子供は日本が格段に少ない。心にゆとりがある幸せな生活をするために勉強が役に立つと答えた子供も、日本だけが例外的に少ない。
  3. 日本以外の国の子供たちは、勉強の効用を尚肯定し続けている。これは先進国でも同じ。
  4. ニッポンの子供たちが見せるこの「独自性」は衝撃といってよい。わたしたちはいったい何を目指してきたのだろう。

こどもたちは、大人が思っている以上に、よく社会を見ているものだと感心した。日本の社会システムでは幾ら勉強していい大学に入っても、ほとんど良いことはないからである。これは余りにも言及されてきたことなので、敢えて具体的には言わない。幾らいい大学を優秀な成績で卒業して、社会的地位を手に入れても、経済的な意味での豊かさと言えば、土地持ちのアホ息子の方が上だ。農家であれば相続税がかからないので、もっといい。こんな不合理なことがあっていいものかと、東大法学部卒の新井将敬代議士はノイローゼになって自殺してしまった。

幾ら勉強しても報われない、生活の豊かさは親の職業(それも参入障壁があるかがポイント)で決まるというニッポン社会を「普通の社会」に戻さない限り、ニッポンの将来はない。政局は「格差是正」が焦点だが、「格差是正」の美名のもとに、実際はとても恵まれた特定利権集団に対して真面目な都市勤労者階級から更なる富の移転が制度化されようとしている。こういうことではニッポンの子供たちはますます勉強しなくなるのである。

Posted: Mon - October 8, 2007 at 06:35 PM           |


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