「趣味で人生を支えられると思うのは幻想」(高任和夫)


日経夕刊(2004.3.25)「さらりーまん生態学」で高任和夫は云いました:
(定年後の生活について)趣味で人生を支えられると思うのは幻想だ。ゴルフでも俳句でもいいが、決まり切ったメンバーと遊んでいても、必ずやむなしさがつきまとうようになるだろう。
はい、おっしゃる通りかも知れません。でも高任さん、ちょっと人間に対して厳しすぎるよ!

高任和夫の悪口は以前書いた 。ちょっとアルコールも入っていたので云いすぎたかと思っているが、高任和夫はちょっと同世代の人間に対して厳しすぎるところがある。続けて彼は云う:
人は、いつかは宗教や哲学に向かい合わざるを得ないのではないか。とりわけ受験勉強をしてきた世代は、本当の意味での学問をやり直すべき年齢を、いまようやく迎えつつあるのではないか。

宗教や哲学がすきなエライ人達はそれでいいかも知れないが、普通の人達はどうすればいいのだろう? 哲学なんてむつかしすぎるよ。人がやっていることを「やがてむなしくなるよ」というのは余計なお節介でもある。楽しければいいのではないか。

引退後人は暇になる。いわば「有閑階級」の仲間入りだ。古来、有閑階級の人達は、暇をもてあまして退屈し、その暇をいかに楽しくすごそうかとして、さまざまな文化や遊戯を「発明」してきたのである。「むなしくなる」ことこそが、文化の発展の原動力だった。

19世紀のパリでは、暇はあるがお金がじゅうぶんない中産階級のランティエ(金利生活者)達が、街歩き(バラデュール)の楽しみを「発明」した。「むなしさ」がアンニュイの文学を生んだ。一生懸命ばかりが美学ではない。むなしいこともまたいいことなのであるぞ、高任さん。

Posted: Fri - March 26, 2004 at 06:27 PM           |  


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