Le Monde
アメリカ人が望んでいない事
ヌーヴェル・オブゼルヴァトー
ル紙に興味深い記事があったので、特別に抄訳してご紹介します。アメリカはサダムの官僚体制を温存する腹のようです。「サダムなきサダム体制」です。まさ
に第二次大戦後日本で採ったのと同じ手法。これで今までわからなかったいろいろの事が一挙に説明できます。目から鱗だな。
Semaine du
jeudi 3 avril 2003 - n。2004 -
Evénement
La défiance des
Irakiens
5. Ce que les Américains
n'ont pas voulu (2003.4.3)
アメリカ人が望んでいない事
サダムなしのサダム体制を作る:これこそがワシントン
が一番望んでいる隠された目的である。この目的はまだ達成されていない。特にワシントンが、クルド人勢力やシーア派などを含めたイラクの反体制勢力をし
て、解放者というのは名ばかりの合同軍を支持させる事が出来ないでいるからだ。
ピエール=ジョン・ルイザードへのインタビュー
(ヌーヴェル・オブゼエルヴァトール紙)米英軍の侵略
に対しイラク体制側がまだ抵抗している事は驚きですか?
(ピエール=ジョン・ルイザード)はい、私は現体制は
とても早く崩壊するものと考えていた人間の一人です。ところが現段階ではまだ続いている。驚くべきことですが、アメリカの戦争開始の方法や戦争のやり方
が、イラク体制の予想がつかなかった反抗を呼び起こしたように見えます。今ではアメリカは本当にこの戦争に勝てるのかすら確実ではなくなってきているよう
です。事実、サダム・フセインは、アメリカのやり方を知り尽くしているので、ワシントンのイラク政策の弱点をいち早くを察知しました。この弱点とはまたし
ても政治的なものです。アメリカはその力を過大評価し国連抜きで戦争し合同軍だけでイラクの反撃を壊滅させる事が出来ると思ったのです。アメリカの現地に
おけるただ一つの本当の同盟者はクルド人勢力だったわけですが、クルド人にも相談しませんでした。クルド民主党の幹部はアメリカが予告なしにある朝突然攻
撃を始めたのでびっくりしたのです。
(ヌーヴェル紙)あらかじめ協議しなかったという事で
すか?
(ルイザード)一切ありませんでした。だから一切が停
止してしまった。事実トルコの態度もそうです。ワシントンはトルコ政府にアメリカ軍のための陸上航空通過を認めるように説得したのですが失敗しました。サ
ダム・フセインは疑いなくアメリカは外交的に孤立し、トルコとサウジアラビアとめぐる交渉は難航し、結局サウジとトルコにサダム崩壊後のイラクの査察権を
与えると見ました。これはもちろんイラク人の反体制派特にクルド人勢力を無視する事です。特にクルド人にとってはすべてを失う事を意味します。なぜならト
ルコはイラクにおけるクルド人自治区は解消させると誓っているからです。シーア派はいまさら失うものはありませんが、サウジはシーア派がバグダッドの権力
に加入する事を望んではいません。
(ヌーヴェル紙)ワシントンによればトルコ政府との間
でクルド問題についての合意が存在すると言いますが、トルコの介入はイラク北部における「並行的な」戦争を引き起こすのでしょうか?
(ルイザード)事実、ワシントンとトルコとの間でクル
ド人勢力は必要とあらば武装解除させるという合意が存在するようです。しかしキルクークで何が起こっているかご覧なさい。サダム・フセインはアメリカが引
き起こした状況を巧みに利用しています。イラク軍は戦争をせずに退却するので、その後はもちろんクルド人民兵が占領しキルクークに向けて進軍を始めていま
す。誰もが知っているように、もしクルド人勢力がキルクークを侵略すればトルコは介入します・・・。
(ヌーヴェル紙)そうすれば多分どんな形になるかは別
としてイランの介入を招く・・・
(ルイザード)はい、その通り。事態は国際化し紛争
し、この事態は誰の目から見ても、例えアメリカ人が見たとしても、イラクの現体制より遙かに混乱したものとなります。
(ヌーヴェル紙)シーア派の反体制派とはワシントンは
どういうスタンスですか?
(ルイザード)アメリカとイラク内の反体制派のシーア
派指導者との間で、アメリカ国防総省が段取りを付けて会議がもたれました。しかし進展はなかった。
(ヌーヴェル紙)何故ですか?
(ルイザード)アメリカ内部の政治問題のためです。
シーア派も、特にイランのシーア派があまりにも強硬な要求を突きつけた事もある。しかしイスラエルロビーの影響下にあるワシントン行政府はサダム・フセイ
ン崩壊後のイラクにおけるイランの監視権を一切認めようとせず議論は中断しました。1991年の時にそうであったようにアメリカはイランのいかなる介入も
戦争行為と見なすと警告したのです。イランとイラク内部のシーア派は、今までワシントンとの協調路線を探ってきたため、今更昔のアメリカは悪魔だとかの反
帝国主義路線に戻るわけにはいかない。だからイラクイスラム革命競技会の最高責任者モハメッド・バクル・アルハッキム師はシーア派の武装組織に動くなと命
令したのです。さらに先週バスラにおける民衆の蜂起が伝えられた時にもその動くなという指令を繰り返しました。15000人から20000人の戦闘員を抱
えるシーア派の武装勢力は、クルド人をのぞけばバグダッドに対する唯一の反体制勢力であったのですが、それが動かない事となりました。これがイラクの反体
制運動にとっては悲劇となりました。彼等は動けなくなり、少数派に転落し、彼等こそがイラク紛争をどう解決するかにより一番大きく影響を受ける人間である
にも拘わらず、外国の侵略に自国がさらされているのにそれに対しても何も出来なかったのです。
(ヌーヴェル紙)多分シーア派が動かなかったのは別の
理由もあると思うのですが、1991年彼等がアメリカの呼びかけで立ち上がった時の悲劇ですが・・。
(ルイザード)その通りです。イラク人は、特にシーア
派は、この「ショックと恐怖」作戦のサダムを一挙に倒すという目的が失敗した事を悟りました。彼等はアメリカ軍が共和国防衛隊を最初の一撃で全滅させな
かった事、体制側の報道機関であるテレビ局を破壊しなかった事を目撃しました。たぶんこれで彼等はアメリカはサダム体制の一部は破壊せずに温存しようとの
腹だと理解したのです。彼等は疑い深くなる十分な理由を持っています。サダムがテレビに出るだけで、この強制システムが持つ恐怖を思い起こさせたのです。
恐怖こそがサダム体制を機能させるものです。
(ヌーヴェル紙)イラク南部ではシーア派の抵抗があ
り、地方の宗教権威(ファトワス)のすべての「外国人」と戦えとの指令(に従っているとのことですが。
(ルイザード)その通りですが、ファトワスはアメリカ
人に対してジハードを呼びかけはしていません。サダムに対して忠誠を誓うものではなく、体制とは無関係の愛国的なものです。また1914年のイギリス軍の
侵略の時に示されたようなものでもありません。あの時はイギリスの侵略に対してシーア派はその時からスンニー派の支配を受けていたにも拘わらず、イスラム
教によるオットマントルコによる支配を守るために全面的に戦争に参加しました。現在アメリカに対してシーア派は同じように行動するのでしょうか? いい
え、しません。ナシリアで海兵隊相手に一週間抵抗したとの宣伝がされてますが、それは土地の住民による抵抗ではありません。彼等は1991年にサダムの共
和国防衛隊によって化学兵器で爆撃されているのです。シーア派の一部にはスンニー派の原理主義者に近い人間がいてアメリカ軍相手に武器を取っていますが、
少数派であり、大部分のシーア派は指導者が言うとおりに静かにしています。だったらそのファトワスとはなんなんでしょうか。ジハードを呼びかけてはいませ
んが「外国人に対していかなる形であれイスラム教徒は協力するな」とい言う事なのです。「静かにしてどうなるか結果を見よう」という事です。
(ヌーヴェル紙)アメリカは、少なく主最初の段階にお
いては、本当にイラクの現体制を温存しようと思っていると考えますか。
(ルイザード)私の知る限りでは、アメリカの一番取り
たいシナリオは、イラクの反体制勢力を少数化した後で「サダムなきサダム体制」を作る事を想定しているとの事です。すなわち現行体制の基本的な部分は利用
する、抑圧武装勢力や公務員などのエリート組織はリサイクルするという事です。アメリカはサダム・フセインがテレビに登場する事を許しましたが、それは、
結果的に失敗したものの、イラクの大統領との交渉が進んでいたからです。アメリカはサダムに9人の側近と共に亡命する事を提案しましたが、サダムは50人
の側近を連れて行きたいと要求。これで交渉は決裂しました。しかしアメリカは爆撃を強化する事でサダムは折れてきてテレビに出演し「戦争を止めなさい。私
は亡命する」と軍隊に呼びかける事を期待していたのです。アメリカは首脳部を叩く事でサダム・フセインを亡命させ経済的な戦争が出来るものと確信していた
のですが、それが駄目とわかると物理的にサダムを殺そうとして、これまた失敗しました。現在の悲劇は、アメリカがクルド人勢力やシーア派を少数化して疎外
してしまったため、アラブ世界の反サダム体制に政治的空白を作り出してしまい、イラク問題のイラク国民自身による解決を不可能とは言わないまでも非常に難
しくしてしまった事です。
(ヌーヴェル紙)現在サダム側近の一部がサダムを裏切
り立ち上がるという事は期待できませんか?
(ルイザード)強権体制がどれだけ残っているかにより
ます。今まで私はあんなすごい恐怖政治システムを見た事がありません、スターリン時代のソ連よりもひどい。この30年間続いてきた。という事はイラク社会
のとても深くまでこれがしみ込んでいるという事です。アメリカ軍が最初の一撃でこの体制の主要な部分を破壊しなかった事が、今体制側に有利に働いている。
国民を盾をして使う事をはばからない体制です。戦争の最初においては強権政治システムを壊さずに残した事がイラク国民をしてレジスタンスに立ち上がらさな
い理由となりましたが、現在においてはこの強権政治は崩壊しても今度は愛国心が重要な役割を演ずると思います。アメリカ軍による被害が増えるにつれてこれ
が言えます。アメリカが「サダムなきサダム体制」の考えを明白に捨てない限り、またイラク内部の反体制勢力を支援すると明確な形で表明しない限り、クルド
人やシーア派をふくめ、誰もが、解放者は誰か信じないでしょう。正直に言って、戦争を選択した時の非合理的性が今後もペンタゴンの軍事政治戦略の決定を支
配続けるように思います。
(ヌーヴェル紙)どのような危機からの脱出方法がある
のでしょうか。
(ルイザード)二つのカタストロフィックなシナリオの
内どちらを取るか迷っているところです。一つは戦争が膠着状態で継続する事で、こうなるとイラクがパレスティナに次いでアラブ世界の憎悪の火元となるとい
う非常に悪い不安定化のシナリオです。もう一つはそれほどはひどくはないシナリオで、アメリカがこのままではひどい事になると悟り、イランとの協調路線を
とる事です。イランの協力を得る事で、ワシントンはイラク内部のシーア派社会にイラクに存在する事の一種の正統性を与えうる事になる。イランが望んでいる
事はこれだけです。問題はアメリカがどれだけ柔軟性を見せるかという事。軍事直接統治はやらずに選挙を実施し、すべての反対勢力を武装勢力も含めて新しい
連合イラク政府に統合するという事です。
(ヌーヴェル紙)それはサダムが崩壊しバグダッドが無
条件降伏をしてからということですね。
(ルイザード)必ずしもそうでもありません。もしシー
ア派が早い時期にアメリカは「サダムなきサダム体制」を目指していないという保証を得られれば後ろに引っ込んではいないでしょう。愛国的感情は直ちに反体
制運動に転換します。これは戦争の行方を変えます。アメリカがこの選択を間に合うように出来るか、何事も起こりえます。
(ヌーヴェル紙)国際的な外交による解決の余地はない
と除外して考えられるのですか。
(ルイザード)いえ。その可能性はあります。でも今と
なってはかなり非現実的ですが、国連の指導の元にイラクのすべての人口を代表する勢力、クルド人勢力やアラブ民族運動やシーア派や共産党などを集めて会議
を開く事です。イラン、トルコ、ヨルダン、エジプト、サウジ、クエートなども含める。イランを呼ぶのは、1920年のイギリスによる支配体制が破綻したこ
とを認め、地域の平和な共存関係の条件を交渉するためです。地方主義に乗っ取る連邦制をとり、アラブとかクルドとかの人種別ではなくオットマン・トルコ時
代の県別で地方を線引きし、世俗政府と宗教指導の調和を計る。新しい国民を代表するイラク政府の誕生です。これは理想的なシナリオですが、実現するまでに
はまだまだでしょう。
Propos
recueillis par René
Backmann
Chercheur au CNRS
(Groupe de
Sociologie des Religions et de la Laïcité, Pierre-Jean Luizard, 48
ans, qui a vécu huit années en Irak, est spécialiste d'histoire
contemporaine de l'islam dans les pays arabes. Il a publié en septembre
2002, aux Editions Fayard, <la Question irakienne> 368
p., 20
euros.
René Backmann
Posted: Sun - April 6, 2003 at 09:17 PM
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