「日本の料亭には所得の再分配機能がある」(『食は広州に在り』で邱永漢)


Finalvent さんに薦められて『食は広州に在り』を購入。うまそうなお話しが並んでいて結構楽しめた。難を言えば、ちょっと日本の一般読者に媚びを売りすぎているところなのだが、書かれた時期が30年も前の話だし、邱永漢も「売文の徒」として売り出したばかりの頃だから、仕方がないのだろう。でも辛口の個所もあった。

豆腐の話のついでに次のような文章がある:
人様にご馳走になった場合は、私だっておせじの一つや二つ述べるだけの心得はある。しかし、一人前三千円とか五千円の懐石料理に案内されて(注:30年前の値段ですよ)、ゆでた里芋や梅干しの吸い物を振る舞われ、金額相当のうまさを感じなければならぬとなると、それだけでも心の負担になってしまう(中略)。そうした料理屋が結構繁昌しているところを見ると、日本には酔客がよほどたくさんいるらしい。彼らはいわゆる一流の店で客をもてなすのが客を遇する最善の道と考え、高いものはすなわちうまいものだと思いこんでいるようである。そうした有産階級の虚栄心を巧みに利用して、所得の再配分に預かる機能が料亭にはあるわけだが、私などは分配に預かりたい方だから、まずは縁なき衆生である。

ははは、日本の料亭は「所得再分配機能」であったわけだ。もの知り顔で背伸びした客が、すし屋のオヤジに罵倒されるのをマゾヒスティックに我慢して通ぶるというえらそうなすし屋も同じようなもの。会社のお金ならともかく、自分のお金をそういう輩に「再配分」するのは、どう考えてもいやだから(やりたい人は「どうぞ」だけれど)、散人はエライすし屋には行かない。どこそこの海峡の鯖はうまいとか言って、大枚を払うのも同じような「所得再分配機能」の発揮だ。都市住民はこうしてどんどんボラれるのだが、あまり背伸びするのは逆にカッコワルイと言うこともあるから、最近はだんだん流行らなくなりつつあるね。


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412202692X食は広州に在り
邱 永漢
中央公論社 1996-09

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Posted: Wed - May 18, 2005 at 06:33 PM           |  


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