なぞなぞ(ニート系):なぜ若者たちは学びから、労働から逃走するのか?


ふ〜ん、ようやくわかった。さすが内田先生だ:
内田樹の研究室: 不快という貨幣: "「なぜ若者たちは学びから、労働から逃走するのか」という問題について考える。"

元もと「労働」という言葉の語源は、「苦しみ」とか「拷問」という意味。聖書には「アダムとイブは、罪を犯して楽園から追われ、アダムには「労働」という苦痛を、イブには「出産」という苦痛を罰として与えられた」とある。そういえば、英語で分娩室というのは「レイバールーム」と言うね。「出産」も「労働」も同じことだったのだ。

と考えれば、内田先生の:
家庭の電化が進んだ今、主婦の家事労働は驚くほどに軽減された。
育児を除くと、「肉体労働」に類するものは家庭内にはもうほとんど存在しない。
育児から手が離れた主婦が家庭内において記号的に示しうる最大の貢献は「他の家族の存在に耐えている」という事実である。

さらに:
現代日本の妻たちがが夫に対して示しうる最大のつとめは「夫の存在それ自体に現に耐えている」ことである。
彼の口臭や体臭に耐え、その食事や衣服の世話をし、その不満や屈託を受け容れ、要請があればセックスの相手をする。
これは彼女にとってすべて「苦役」にカウントされる。

という「目からうろこ」言葉は、若干舌足らずであったとも言えるかも。でも、すごいね。

肝心の掲題の「なぞなぞ」の答えを書き忘れた。これはリンク先の内田論文を読んでください。わかります。

Posted: Sat - February 25, 2006 at 05:54 PM           |  


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