なぞなぞ(文学系)「留学時代の漱石は大英博物館に通っていたのでしょうか?」
ここで言う「大英博物館」とは、かのマルクスなどの奇才が毎日通い詰めた大英博物館内の「リーディングルーム」のこと。漱石の孫でいらっしゃる夏目房之介氏がこのリーディングルームを訪れ、祖父の漱石もきっと通ったはずなのに「ゆかりの人」の棚に夏目漱石の本がなかったことに「日本の文豪・漱石も、ここでは極東の“名もない”作家にすぎない」と落胆しておられる(夏目房之介『漱石の孫』)。たまたま読んだ別の本で、その理由がわかった。
別の本というのは、これ↓漱石が留学していた当時のリーディングルームには入館証が必要だったが、出口保夫氏が調査した限りでは、漱石が入館証を入手した記録は残っていないそうだ。漱石は留学中に世界最高の知識データベースをまるで利用していなかったことになる。だから「ゆかりの人」とはならなかったのだ。出口氏は、その理由は漱石が本を読むと自分で書き込みを入れる癖があり、図書館の本を読むのが出来なかったのだろうと推測され、「もし漱石が大英博物館のリーディング・ルームを利用していれば、留学費の三分の一を占めるほどの書物費を支出する必要もなかっただろうし、その分もっとゆとりのある留学生活を送れたはずだし、また結果的に神経病にもかかることもなかったのではないだろうか」と残念そう。本に書き込みを入れる癖は、不経済でもあるのだ。やらないでおこう。ちなみに、面白いこともこの本でわかった。漱石とほぼ同じ時期にロンドンに遊学していた和歌山出身の博物学者南方熊楠は、このリーディング・ルームの入館証を手に入れるのに一年半も待たされたので腹を立てていたのか、こともあろうにリーディング・ルーム内で、イギリス人青年を殴打するという「事件」を引き起こしていたとのこと。その後でも博物館職員との間で騒乱事件を引き起こしており、南方熊楠は大英博物館のブラックリストに載せられてしまったという。ところが、夏目房之介氏の前掲書では、南方熊楠の本は、ちゃんとリーディング・ルームの書棚に入っているとのこと。トラブル・メーカーだった人の本にもちゃんと敬意を表するとは、さすが大英博物館である。
Posted: Sat
- August 6, 2005 at 11:47 AM
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