視点:日本異質論再燃の兆し。小泉首相の「鹿鳴館」パフォーマンスは馬脚を表してしまった
先日のワシントンポストの論説(リチャード・コーヘン)はショッキングであった。ワシントンの保守派からも日本は見放されつつあるということだ。そのエントリーのコメント欄でコーヘンの論説はいっときの「日本異質論」を想起されるとの指摘があった。その通りだと思う。この「日本異質論」はかなりやっかいな問題である。最近こそ表面には出ていないが、欧米社会では根深く存在する。考えられる対処の方法は二つしかない。でも、一つは一見よさそうであるが間違ったものであり、一つは時間こそかかれ正攻法である。小泉首相の「対米すりよりパフォーマンス」は前者の典型であり今回アメリカ保守派の幻滅を呼んでしまった。
ワシントンポストのリチャード・コーヘンの論説は痛烈であった。「日本と米国はやっぱり別の世界だ、共通の価値観を共有できない」と言っているに等しいからだ。日本はワシントンの保守派から見放されたといってよい。でもこのような意見は決して目新しいものではない。80年代半ばにもこのような「日本異質論(日本はしょせん別の世界だ、同盟するに値しない)」という論調が相当高まったことがあるからだ。これは米国インテレクチュアルのなかで昔から(口に出しては言わないものの)根深く存在する考えである。さいわい日本はその後不況に陥り、日本異質論を唱えて警戒するまでもないと言うことで最近は落ち着いていたのだが、またぞろ、今回の人質事件で表面化されてしまったようだ。「やっぱり日本は別の世界だ、我々とは考え方が違う」というのである。散人は当時この「日本異質論」について相当真剣に考えたものである。どう対応すればいいのか? 考えられる対応は二つしかなかった。すなわち、第一の対応としては、日本は決して異質ではないと主張すること。日本と欧米は同じ価値観を共有しており、異質だというのは誤解でしか過ぎないとくり返し主張するというもの。「ほら、みんな背広をきているでしょう? 野球も好きです。アメリカ人と変わらないのです」という主張である。しかし、よく見てみれば実態は決してそうではない。今回の人質事件での日本社会の対応を見れば明らかだ。この「僕たちはあなた達と同じ」という対応は、いわば明治時代の「鹿鳴館」式対応と言うべきもので、背伸びしてダンスなんかしていても、いずれ馬脚を表す。いらぬ期待を抱かせるだけに、結果として欧米人の軽蔑を招くだけなのである。もう一つの対応は、「文化相対主義」の主張である。文化が違えば考え方も違う。それをアメリカ人は許容しなければならない。尊重してほしいというもの。この議論は60年代リベラルには相当有効であったと思う。彼等はレビストロースの文化相対主義の洗礼を受けているからだ。しかしながら、最近のネオコン連中はこの文化相対主義を否定することから彼等の哲学を構成しているのだから、こんなことを言っても「世界にはよい価値観と悪い価値観とがある、悪い価値観は敵だ」と否定され、文化相対主義なぞは古くさい概念だと一蹴されることになるのである。小泉首相の場合、ブッシュに対して「僕はクーパーとグレース・ケリーの『真昼の決闘』が大好きだ」なぞと言って、日本の価値観はブッシュの価値観と同じだということをアピールした。またブッシュの牧場では有頂天になってにわかカウボーイぶりを見せつけた。「真昼の決闘」が好きだと言うことはどういう意味を持つかについてはすでに書いた。(小泉首相と「真昼の決闘」
)。背伸びのしすぎだった。そういうゴマスリはしょせん表面的なものに過ぎない。明治政府が鹿鳴館を造って毎晩正装した奥方をダンスに連れて行ったことによく似ているのである。結局西欧人からは「日本人はサルだ」と馬鹿にされただけであった。今回も小泉内閣の扇動に呼応した人質いじめが、もろにその馬脚を表面化させ、米国の保守派に嫌われるはめとなった。物事がややこしく複雑な時は、正攻法をとるべきである。日本異質論に対する有効な唯一の反論は文化相対主義をアメリカ人にわからせることしかない。ところかわれば文化も変わるということを根気よく説明するしかないのである。さいわいネオコン連中は力を失いつつある。これはアメリカ(ブッシュ)への盲目的追従政策ではけっして達成できないものだ。日本は「鹿鳴館外交」の愚を繰り返してはならない。小泉首相の背伸びした「鹿鳴館」的パフォーマンスは、まったく皮肉にも、日本の墓穴を掘る結果につながりつつある。(2004.5.1
追記)一番いいのは、日本人全体が成熟すること。でもそれには時間がかかると思わざるを得ないね(人質事件での日本社会の対応を見れば悲観的にならざるを得ない)。それまでの間は「文化相対主義」を主張して火の粉を防ぐ以外にないのだよ。早くみんなオトナになれ
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日本(ウヨ)人。
Posted: Thu - April 29, 2004 at 10:05 PM
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