Kafu School News No16
「小説作法」
出版不況だという。たしかに毎
月おびただしい新刊書が発刊されるがあまり買わなくなってしまった。買いたくなるようなものが少ない。どうも商業化が進んだというか、書くという仕事が職
業化してしまい、なんとか売って生活費を稼がねばならないという姿勢が、書籍に生活臭をプンプン臭わせるのだ。それが本を詰まらなくしてしまった。本来的
にアマチュアの分野である
blog においてさえ「Blog
を書いてカネを儲けられる時代が来るか?
」(結論はネガティブなものとなっているが)という問題提起が為されるくらいだ。世知辛い世の中になったといえばそれまでだが、昔もそうだったらしい。今
から83年前に永井荷風はそういう風潮を嘆き、諫めている(「小説作法」)。
(その点、趣味で
blog
して勝手に出来上がったような本は面白い(坂
木俊公『死体洗いのアルバイト』
。旦那芸ですね)
大正9年に書いた「小説作法」
とは数十項目に渡る「文章家たるものは・・・」というマニュアル。今で言う文章読本みたいなもの。各項目それぞれになかなか含蓄の深い言葉が連なってお
り、人生読本としても面白い。この一項目に経済的な事柄について触れたものがある。ただあまりに正直に書いてしまったため、荷風は文壇から総スカンを食ら
うことになった。でも鋭い。
<引用>
一 読書は閑暇なくては出来ず況や思索空想又観察にお
いてをやされば小説家たらんとするものはまづおのれが天分の有無のみならず又その身の境遇をも併せ顧みねばならぬなり行く行くは親兄弟をも養わねばならぬ
やうなる不仕合わせの人はたとへ天才ありと自信するも断じて専門の小説家なぞにならんと思ふことなかれ小説は卑しみてこれを見れば遊戯雑伎にも似たるもの
天性文才あらば副業となしても亦文名をなすとの期なしとせず青春意気旺盛の頃一二の著作評判よきに夢中となりその境遇をも顧みず文壇に乗り出でこれからと
いふ肝腎な処にて衣食のために乱作し折角の文才もすさみ果て末は新聞記者雑誌の編集人なぞに雇われ碌々として一生を終わるものあるを思はばいったん正業に
つきて文事に遠ざかるともやがて相応の身分となり幾分の余裕を得て再び筆を執るもなんぞ遅きにあらんや平素その心を失わずば半生世路の辛苦は万巻の書を読
破するにもまさりて真に深く人生に触れたる雄編大作をなす基ともなりぬべし支那の文学は離騒を始めとして韓柳の文李杜の詩に至るまで皆副業の産物なり西洋
の文学を見るもモリエールは旅役者なりけりヴォルテールシャトーブリアンの如き一代の文豪終生唯机にのみ向かひたる人にはあらず。
<引用終わり>
付け加えると、カフカもそうでしたね。保険会社のサラ
リーマンでした。『カ
フカ事典』(三省堂)
が発売となりましたが、あまり知られていない彼の人生が書かれているようで良さそうです。
Posted: Thu - July 31, 2003 at 10:37 AM
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