『荷風さんの戦後』(半藤一利)‥…いいな〜
永井荷風の戦後時代はずっと低く評価されてきた。「敗荷落日」で晩年の荷風を痛烈に
批判したあの憎たらしい石川淳はいうに及ばず、荷風に好意的な評者もせいぜい「ま〜、荷風もあれで幸せだったのではなかったか」という程度。戦前の荷風が
あまりにすばらしかっただけに、落差が多きすぎたのだ。しかし、ここにいよいよ「戦後の荷風」を積極的に評価する評伝が現れた。半藤一利は、当時の荷風と
同じ年齢になって、戦後の荷風の視線と自分の視線を合わせることができたようだ。これは傑作評伝である。
この本で、ようやく「戦後の荷風」が理解できたような気がする。やっぱり、かなりの歳にならないと、本当の荷風を理解できないということだろうか。半
藤一利は、晩年の『断腸亭日乗』の、あの痛々しい「正午浅草」の羅列のなかにすら、意味を見出している。「日付と天気と正午浅草と書くことは、決して残さ
れた唯一の楽しみとしてなんかではなかった。それが文人としての仕事であり、書き続けることが先人の文業に己も殉ずることを、荷風にとっては意味していた
のではなかったか」と半藤一利は書く。ここでの「先人」とは森鴎外のこと。晩年の鴎外の日記も「在家第三日、第四日、第五日‥…第十六日」と延々と続いて
いたとのことだ。そうだったのか!!!『日乗』の●印と○印に付いての半藤一利の新解釈も出ている。う〜ん、これも、そうだったのか!!!荷風の身長に付いても諸説があったが、直接荷風にあったことがある半藤一利は、「自分の身長は177センチだが、荷風は自分より高かった。優に180センチの偉丈夫だった」と、「荷風身長論争」に決着をつけられる。散人の説はあたっていたことになってうれしい。↓荷風塾No5: "新発見 荷風はやはり背が高かった!"
Posted: Sun - October 29, 2006 at 02:50 PM
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