荷風塾:荷風はうなぎが好きだったのか?


今日は土用丑の日。平賀源内以 来、土用丑の日には鰻と決まっているものだが、われらが永井荷風も土用丑の日にやはり鰻を食べたのだろうか? ちょっと調べてみた。

散人が不勉強のためなのか、荷 風が鰻(うなぎ)に付いて書いたところがどうも印象に残っていないのである。唯一覚えているのは、「伝通院」のなかだったと思うが、子供の時、母親に連れ られて歌舞伎観劇によく行った、そのとき枡席で「鰻飯」なぞを楽しく食べたという記述がある。小さいときは鰻を食べていた(それも喜んで)というのは間違 いない。

その他、どこだったか忘れたが、青年時代の吉原遊びを 回想するくだりで、昔は遊んだ後で朝から「あなご飯」なぞを食べたものだが、今となってはああいう脂っこいものはとても食べられない、豆腐の方がいいと書 いてあった(荷風が40代の時だと思う)。荷風は胃腸が弱かったので分からないでもない。鰻よりあなごより脂っこいので、あなごが食べられない荷風は鰻な どはもちろん食べなかったのだろう。

事実、『断腸亭日乗』の事項索引で調べると「鰻」では 一件も出てこない。40年以上に渡り日記を書いて「鰻」という言葉はいっぺんも使っていないのだ。これは尋常ではない。

しかし念のため鰻の「宮川」という名前で事項索引を見 ると、3回出てきている。

一回目は大正6年12月28日。出版社が宮川に招待し てくれたが、気に入らないので欠席とした、と書いてある。欠席だからもちろん食べていない。

二回目、三回目は、大正9年1月6日と3月23日。両 日とも「宮川に飲む」と書かれていた。うなぎ屋に行って飲んだだけで帰るわけはないだろうから、やっぱり荷風は鰻を食べていたのだ。ちょっと安心した。

でも土用丑の日ではなかったね。

しかし、若干補足説明をすると、これは荷風一流のウソ だったのかも知れない。晩年になってもカツ丼なぞぺろっと平らげていたのだから、結構脂っこいものは好きだった。荷風は若い頃から「年寄りのふりをする」 癖があり、鰻なぞ食べているのを書くことを潔しとしなかった可能性もある(豆腐が良いなんていくら何でもキザだ)。

ということで、本当は大好きでしょっちゅう食べていた のだが、単に書き残さなかっただけなのかも知れない。荷風はいつまで経ってもミステリーだ。


関連サイト「永井荷風が愛した浅草のお店」(飯田屋が出ているが荷風はあそこで はドジョウを食べた)

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正確を期するためには『断腸亭日乗』の7月21日の記 述を40年にわたり調べないといけないのだが、ちょっと元気がない。どなたか奇特な人はいないものか。

Posted: Wed - July 21, 2004 at 05:31 PM           |  


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