Nikkei / 「梅棹史観の魅力」榊原英資


今朝の日経に榊原英資氏が「半歩遅れの読書術」というコラムで梅棹忠夫について書いておられるが、これがおもしろい。政府を取り巻く観念論に凝り固まった理屈倒れの御用学者たちへの痛烈な皮肉となっている。さすがは元異色大蔵官僚の榊原氏だ。よく言ったぞ。わが意を得たりだ。

榊原氏はこうはじめる:
戦前からの伝統なのだろうか。いわゆる「京都学派」の知的貢献は群を抜いている。梅棹忠夫、今西錦司、梅原猛、河合隼雄等々血の巨人がそびえ立っているだけでなく、川勝平太や白石隆等も京都に次第に吸い寄せられている。政府の審議会や諮問委員会で無駄なエネルギーを放出させられている東京近辺の学者たちはなかなか太刀打ちできないケースが多い。
続いて榊原氏は高校生時代に読んだ梅棹忠夫の論文に大きなショックを受けたことを振り返り、
梅棹にしても、今西にしても「京都学派」の一つの特殊は、幅広くかつ丁寧なフィールドワークがあってはじめて大胆な仮説が生まれて来るという点である。
として、さらに次のように述べる。
ヨーロッパやアメリカの大学で最新の理論を学びそれで一生食っている多くの学者たちと比べるとなんとたくましいことか。
いひひ、このあたりは誰をさして言っているのか、読者には明らかすぎるほどだ。

結論としては、これ。
学問の企業経営も国の行政も最後は現場主義に行き着くのではないだろうか。特に世界が大きく変わっている時には既存の理論では現場は読めない。
全くその通りだと思う。

Posted: Sun - September 28, 2003 at 06:54 PM           |  


©