ベネズエラのチャベス、国民投票で負ける……危機一髪、とても人ごとじゃない


こいつは、昼からいいニュースと、喜んでばかりは居られない:
Venezuela hands narrow defeat to Chávez plan - International Herald Tribune : "Voters in this country narrowly defeated a proposed overhaul to the constitution in a contentious referendum over granting President Hugo Chávez sweeping new powers, the Election Commission announced early Monday."
51対49という僅差で理性が辛うじて勝ったに過ぎないからだ。

大統領の終身制に繋がる憲法改正の是非を問う国民投票だが、要するに「少数のお金持ちからお金をぶんだくって大多数の貧乏人で分ける政策に賛成するかどうか」が問われた国民投票だった。ベネズエラの国民の97%は貧困層だから、国民投票の直前までチャベスが有利と見られていた。出口調査の結果でもそうだったので、まさに奇跡的なぎりぎりの勝負での滑り込みセーフみたいなもの。まことに危ういところだった。

そもそもほとんどの国で(共産主義国家でも)富裕層は少数派であり、国民の大多数は(程度の問題だが)経済的に恵まれていない。だから民主主義で多数決をとれば、富裕層からお金をぶんだくって国民全員で分ける方がいいという答えが出るのは、ごく自然な「民主主義的な」選択なのである。しかし、これまたほとんどの国ではそういう選択をしない。なぜか。下記の四つの理由のいずれか、もしくは全部である:
  1. 国民が富の偏在の事実に気がつかないでいる場合。情報が流通しない中世的な世界ではこれが多かった。でも今ではさすがにこれはない。
  2. 強権的な専制政治が支配している場合。そもそも金持ちのお金をぶんだくってみんなで分配する是非を問う国民投票が行われることもない。しかし文明国ではこれもない。
  3. 人のものをぶんどるのは、盗みであり、道徳的に良くないと国民が信じている場合。「なんじ盗むなかれ」とかの宗教的、道徳的規範が強い社会ではこれが強い。これは意外に大きな理由だ。この精神で法律が整備されているし、いくらなんでもえげつないという自制心が働く場合もある。しかし国民の心がすさんでくるとこれが働かなくなる場合もあるのである。
  4. 最後は、金持ちからぶんどりみんなで分配する作戦は短期的には功を奏するが、長期的には逆効果となり、国民全員が今まで以上に貧しくなるからとみんなが判断する場合。しかしこの結論まで辿りつくには、国民に若干の経済学的な素養が必要であり、抽象的な思考方法が出来ないと無理。今の日本では生徒の学力低下が問題となっているが、果たして今の高校生の何パーセントがこの理屈を理解できるのか、心許ない。

ということで、ベネズエラでは辛うじていい結果となったが、たとえ「文明国」であっても、いつ何時チャベスみたいな輩が出てくるかも知れないのである。ポピュリズムほど恐ろしいものはない。どっかの利権集団が、恥も外聞もなく、自分たちだけの利益をエゴイスティックに主張し、おまけにそれが正しいことだと被害者である人すら狂信的に信じてしまうような文化程度にあるニッポンである。最近「格差是正、格差是正」とかいって、ベネズエラと同じような風潮が出てきているのが心配される。「ニッポンのチャベス」は、ほとんど現実のものとして存在している。自民党までもがあいつらに乗っ取られかけているように見える。

Posted: Mon - December 3, 2007 at 05:19 PM           |


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