日経:地域振興策が転換を遅らせた「均衡幻想」


日経では「都市と地方」と題した連載特集をスタートさせている。如何に稀少なニッポン資源が大盤振る舞いされてイナカに無駄に食い尽くされてしまったか分かる。自民党利権議員たちが「夢よもう一度」とばかりバラマキ復活を画策している今こそ、日本国民はこの記事を読むべきだ。

過去の経緯を旨く整理したコラムがあったので、抜粋:
  1. 政府は高度経済成長期以降、大都市圏に集中する企業の地方分散策を一貫して続けてきた。
  2. その柱が1962年から5次にわたって策定した全国総合開発計画だ。
  3. 同計画には期間中の総投資額を盛り込んだことから、公共事業の「お墨付き」として毎回激しい陳情合戦が繰り広げられた。
  4. 全総計画を受けて政府はさまざまな地域振興法を制定した。
  5. 62年の新産業都市建設促進法では重厚長大産業の地方移転をすすめ、83年のテクノポリス法では加工組み立て産業の地方立地を後押しした。
  6. 88年の頭脳立地法はソフト開発業などの分散を狙った。
  7. 一方で、地方の生活基盤の強化を狙って70年に過疎地域対策緊急措置法を制定。以来過疎法に基づく事業だけでも現在までに80兆円近い資金を地方に投じた。
  8. 地方のインフラが未整備だった時代まで一定の意味があったが、その後目立った効果は残していない。
  9. 事業推進のため自治体が設けた第三セクターは行き詰まり、負の遺産を各地に残した。過疎化も止まらなかった。
  10. 典型的な失敗例が87年のリゾート法だろう。全国40個所以上を地域指定したが、宮崎市の「シーガイア」をはじめ相次いで経営破綻した。
  11. 「国土の均衡ある発展」にこだわり、薄く広く支援策をばらまいたことが失敗の原因だ。
  12. 経済のグローバル化が進み、企業が海外と残すと比較で立地を決める時代に、政府の政策は完全に行き詰まった。
  13. 小泉純一郎内閣が2001年に発足し、従来の地方重視から大都市重視へ政策を転換。02年には大都市圏での工場や大学の新増設を抑制する工業等制限法などを廃止。大都市の再開発を促す都市再生特別措置法を制定した。05年には全総計画の根拠法だった国土総合開発法を抜本改正し「揮発」の言葉をなくした。全国計画と広域地方計画の二本立てとすることで、どういう国土を作るかという問題にようやく地方分権の視点が加わった。

地方へのバラマキこそが自民党議員の飯の種だったことを考えれば、小泉純一郎が如何に偉大なことを実現したかが分かる。都市部出身の総理大臣だから出来たことだ。でもちょっと遅かった。日本の稀少資源は無意味にイナカにばらまかれてしまい、地方利権団体は潤ったが、日本経済の国際競争力はすっかり低下してしまったのだ。好調な企業業績にも拘わらず日本株からの投資家離れが続いている。自民党と民主党で、またぞろバラマキ合戦を始めていることで、日本はまた昔の利権政治に復帰しつつとあると世界的に認識されているのだ。こういうことでは日本経済はいつまで経っても「ざるに水」なのである。

蛇足)昨年今年と、マスコミを賑わした悪辣政治家と官僚の出身を見ると、ほとんどが地方利権集団の出身。例外はないんじゃないか。「国のお金は誰のもんでもないんで使ったもの勝ち」という考え方が骨の髄にまで染み込んでいるから、ああいう言動となって出てくるのである。

Posted: Tue - October 30, 2007 at 03:43 PM           |


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