フランスの若者たちは、政治的に未熟であるのか?


ドビルパンくんは、残念ながらもうお終い。自分たちのために折角考えられたありがたい雇用政策に反対するおフランスの若者たちは、いかにもアホそのものだったが、このブログを見て、そうではないことがわかった:

■Tant Pis!Tant Mieux!そりゃよござんした。■ : 『矛盾政権の時代』が恋しや、ほーやれほ。: "共和国内における若者層の失業率は22%"
つまり、フランスの若者たちの「マジョリティー」は職を見つけることが出来るのである。そりゃ、反対するわな〜。

もし自分が「勝ち組」であれば、雇用主が勝手に新規雇用者の首を切ることが出来るというような新法制度には当然反対することになる。たとえ全体の雇用が減ったとしても、就職できる自分たちには「関係ないことでござんす」。既得権を侵害されるのは自分らなのだ。彼らの行動には、歴然とした経済的な合理性がある。

つまるところ明らかになったのは「よりましな若年層」が他の「より劣った若年層」を搾取しているという現実。「あいつらのおかげで俺らが損するのは困る」という多数派の若年層のエゴイズムなのだ。「よりましな」の方が多数派だから、デモは力を得た。

所詮、世界経済を経済理論的に見れば、先進国の労働者(資本家ではなく労働者が)が発展途上国の労働者を搾取しているという構図。誰も口には出さないが、それがグローバリズムだ。

だから、フランスの若者が新雇用法に反対した動機についても、それは一応理屈に乗っ取ったものであり、散人は云々しない。むしろ散人が感動したのは、フランスにせよ、タイにせよ、若者たちの行動が政治が左右するという例が多いということなのだ。日本では残念ながらそう言うことはない(安保闘争での挫折以来、若者たちは世の中を斜めに見るようになってしまった)。事の善し悪しは別にして、どっちが政治的成熟度が高いのか? 明かだろう。不満を持ちながら行動に移さない若者たちの方が、政治的に成熟していないのである。

自分たちが多数派のくせに、農村少数派のエゴイスティックな自己主張に流されて、スローライフやらに尻馬乗りをして損をしたり、税金が一世帯あたり数十万円も増税になって「あれっ、こんなはずじゃ」なんていっている日本の都市住民は、まだまだ政治的に未熟だ。

Posted: Wed - April 5, 2006 at 09:30 PM           |  


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