文藝春秋:中国反日官僚、「慎太郎、真紀子」を斬る
10月号の文春。富坂聰という人が書いているが、中国政府から発禁処分を受けたという日本政治情勢分析レポートの紹介記事。若手のエリート官僚たちが書いたものらしいが、なかなか日本をよく見ているという点も多い。小泉首相にやや同情的すぎる嫌いがあるが、いままで期待していただけにちょっと失望したという気持ちが表れている。「慎太郎」と「真紀子」の評価はそんなもんだろうね。
面白そうなところを抜き書きする。まず日本政治全般について:- 日本はあいかわらず国際社会では三流の「政治小国」である。日本が世界から注目を浴びるのは、せいぜい総理大臣が靖国神社に参拝することぐらい。それ以外は国際世論が関心を示すことはない。
- 形式的には日本は民主主義国家であるが、実際問題として日本国民がいったいどれだけ本当の自由を謳歌し政治に参加しているのか、極めて疑問だ。
- 選挙では、農村部は自分の意志とは無関係に組織の決定した政治家に投票している。都市住民は政治に無関心で享楽に走るだけ。自らの政治権利を放棄している。その結果日本の「民主主義」は少数の政治家にコントロールされた密室政治と化している。
- 「政治不信」と言うが、われわれから見れば政治家だけの責任ではない。その責任の多くは、頭を使わない有権者とマスコミにある。
- いまの日本の政治家には、実力の強弱を問わず、一種の欲望、生気に満ちた人物がいないように見える。例えば田中角栄のような人物だ。
小泉首相について:- 中国の日本問題研究機関は次のような二つの予測をしていた。
まず一つに、小泉純一郎氏は悲劇的な運命を持つ人物である。彼の行う「改革」には名前があっても、ほとんどの国民はその中身も実体もわかっていない。そのため時間が経てば立つほど中途半端なものとなり、具体的な使役と成果が見えなければ、注目度が低下し支持層が減って行くであろう、と。
二つ目は、小泉首相は日本の政界においてはここ数十年でもまれに見る傑出した政治家となるであろう。中国の関係機関も、小泉対策を十分かつ真剣に検討する必要があろう、と。
- たしかに、小泉改革は新しい「革命」でなければならない。政治革命がなければ、日本は永遠に政治小国に甘んじ続けるしかないのである。
- でも改革の成功のためには二つの必須条件がある。一つは国民の強力な支持、もう一つが絶対的権力の保持である。
- だが、いまでは孤独な小泉首相は自民党内の抵抗勢力と真っ向から勝負する力を失ってしまった。かれにはまだ、自民党を解体するまでの「革命」を行うだけの度胸もなければ指導力もないということだ。
- ちなみに、靖国神社問題について。小泉首相は毎年靖国神社を参拝しても、中国政府は何も実効のある対策をとることが出来なくなっている。正直なところ、中国側には昔のような切り札はない。いまむしろ中国政府が恐れていることは、民衆が反日感情を高ぶらせることをきっかけに、中国の政権安定の基盤を揺り動かすことだ。
田中真紀子について:- 所詮はただの主婦
- そろそろ他人を評論して目立つことよりも、自分が政治家としての教養を高め、偉大なる父親から多くを学ばない限り、日本政治史上初の女性首相などにはとうていなれないだろう。
石原慎太郎について:- 石原慎太郎氏は「文人」であり、政治家ではない。
- 石原氏は中国の悪口を繰り返すが、彼がある種の勢力の利益の代弁者となっているため、簡単には自分の主張や信念を変えることは出来ないのだ。
- 彼の持つ影響力や地位を考慮しても、また古希をすぎた年齢と性格からももはや彼が妥協することは考えられない。
- 中国外交部の高官は「これほど時代遅れの頑固爺は、無視をするに限るよ」と言っている。
文春は「反日官僚」という言葉を使っているが、特に「反日」とは思わない。どこの国の官僚であれ企業家であれ相手の国のことはこの程度の突き放した分析をするものである。靖国問題についての冷静な中国側の対応分析が光っている。中国政府は同じ非難を繰り返しても自国の利益につながらないことは十分承知しているのだ(これは岡崎久彦氏が10年前から言っていること)。彼等が恐れているのは、むしろ中国国民の反日感情の高ぶりである。これには日本も協力する必要がある。サイト内関連記事(キーワード「日本の政治」で検索)
Posted: Sat
- September 11, 2004 at 05:37 PM
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