年金の世代間格差は当たり前。日経は不公平感をあおるのはやめたら?


今朝の日経の一面。また再び年金問題。「年金改革 なお世代格差」と題して厚生労働省の試算を紹介している「85年生まれは負担の2.3倍、55年生まれは3.2倍、35年生まれは8.3倍給付を受ける」と「若者の不信解消遠く」と不公平感をあおっている。こういう議論は、はっきり言ってもうやめにした方がいい。

年金問題について発言するのは今まで出来るだけ避けてきた。エゴイズムで言っているような印象を与えかねないし、どだいエレガントな議論ではない。しかし最近の不公平大合唱にはいささか辟易する。散人は年金はまだもらっていないし、将来貰えるにしてもあまり期待はしていないので、いちおう第三者的な見解として申しあげたい。年金負担と給付に世代間で不公平がでるのは当たり前である。

年金制度とは現役世代が老人世代を扶養するシステムである。老人世代も昔は若かったのでその当時の老人を扶養してきた。いま不公平だと騒がれているのは今の老人が若い頃にその時の老人を扶養した努力(年金の掛け金を支払った負担)以上に自分たちはいま若い世代からの扶養(年金給付)を受けているということだ。この議論はおかしい。経済成長がないスタティック(静的)な経済社会であればいざしらず、ダイナミックな経済発展がある社会ではこれが当たり前であるからだ。

今の老人が若い頃、経済はとても貧しかった。当然年金掛け金の負担も(可処分所得に対する負担率は高くとも)金額ではすくなかった。また昔の老人ほぼ当時の現役世代と同じような貧しい暮らしをしていた。いま豊かになって、老人が「ほぼ現役世代と同じような」暮らしをしようとすれば当然給付は(昔の負担に比べて)増えることになる。逆に、経済が縮小傾向にある場合、むかしの豊かな時代には若者も老人も豊かな生活ができたものの、老年期になって受け取る年金の給付は、現役時代に払った年金の負担より当然すくなくなってくる。全体が貧しくなると現役世代も老人世代もともに貧しくなると云うのが筋なのである。

同一人物の給付と負担の比率を議論するのではなく、現役世代の生活と老人世代の生活を比較するべきなのである。また現役世代と老人世代の生涯所得(実質可処分所得)を比較するのも一つの方法であろう。今の現役世代の生涯所得は今の老人世代の生涯所得より高くなっている。さらに現役世代は老人世代が造った社会資本のサービスをほぼ無料で享受していることも忘れてはいけないだろう。

現在の不公平大合唱は、多分に若者の不公平感をあおることで財政再建と企業の経費削減をやろうというもののように感ずる。若者はマスコミにあおられて老人いじめをしているが、年金の「公平化」で誰が具体的な被害者となるのか考える必要があるのではないか。将来新しい制度のもとで年金を受け取るのはいまの若者世代であるからだ。いまでも公的年金だけでは生活できないと云われている。年金は減らすのではなくもっと充実させて然るべきものだ。人口構造の問題が盛んに指摘されるが、女性の就業率を高めることと外国人労働者の受け入れで対応するべきであろう。要は、縮小均衡ではなく拡大均衡を目指すべきなのである。

Posted: Tue - February 24, 2004 at 04:41 PM           |  


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