安保理拡大修正決議案にフランスが共同提案国に……その背景を考える


今晩の日経。意外に思われる人も居られるかも知れないが、ぜんぜん不思議なことではない。フランスの姿勢は一貫して日本の安保理参加を支持するものである。それは北岡教授が前から言っていたことでもある。

(日本の常任理事国入りに)「賛成の度合いで順番を付ければ、フランス、イギリス、ロシア、米国、中国の順だ」(北岡伸一)

その背景を考えてみるのも、示唆的である。

フランスが日本の安保理入りを一貫して支持してきたのは、隣国ドイツの安保理入りを実現させるため。日本はいわばダシ。本命はドイツなのである。自称国際通の人は、そんなことはわかっているというかも知れないが、大切なのはフランスがなんでこのように必死に隣国ドイツの安保理入りを支持し、実現させようと努力をしているかと言うこと。フランスにとっては、隣国ドイツの国際的発言力が高まることが自国の国益につながるという以上に、心底からの隣国への共感があることにそのベースにある。

ひるがえって日本はどうだ。日本の隣国は、こぞって日本の安保理入りに消極的(という以上に積極的に反対)である。あのインドネシアでさえ、反対の立場を鮮明にさせた。隣国の強力な支持を得てているドイツ。一方で足を引っ張り反対に回る隣国ばかりにかこまれた日本。なんでこのような差が出てきてしまったのだろうか?

考えるに、日本政府の外交のプアーハンドリングという問題以上に、日本国内の排他的な国民感情がある。日本を取り巻く隣国の国内事情もその一因として存在することは認める。でもそういう「他国の国内事情」を挑発し、その醸成に加担した無神経な日本のウヨ的国内世論もあることは確かだ。「ああいえばこう」「目には目を」は国際政治の常。日本であれだけのへんてこな議論が蔓延していると、当然隣国がそれに反発するのは当たり前のことだ。

そのような反発を無視できるのは、アメリカなどの、何があっても他国を圧倒できる軍事力を持った国だけだ。残念ながら、日本はそうではない。いくらウヨどもが息巻いても、日本は軍事的には弱国なのである。自分の好きな価値観を隣国に押しつけることは出来ない。

それを忘れて、いまだに日本のウヨどもは、己のマスターベーションのためだけに相手を不必要に挑発し、事態を悪化させるばかりである。それをイナカ出身の自民党議員たちが、自分の票集めのために勇ましい発言をして増幅させる。良識のある一般都市住民はエライ迷惑だ。

日本はどうして、こんなアホな国になってしまったのだろうと、最近つくづく考えてしまう。思うに、やはり選挙制度にあると思う。田舎人(イナカビト)が、その経済力と集票力を背景に、圧倒的な国政での発言力をもつようになってしまったのだ。

田舎人は本質的に鎖国主義者で他国に対して好戦的だ。それが彼らの経済的合理性に基ずくものであることは、先の第二次世界大戦でも実証されている。いまや都市住民より経済的に恵まれているにかかわらず、江戸時代から虐げられたものであるという被害者意識が、排他的なウヨ感情と結びついている。でも、それは都市住民の利益に反する。

しかし東京の選挙民は田舎の人の五分の一の政治的発言力しか持っていない。こういう選挙制度のもとでは「イナカ価値観」が日本を支配するのは自然なことなのである。したがって、現代日本では田舎の価値観が国の外交政策までも支配するようになった。それは日本の国益を害している。

国連加盟問題に限らず、都市と農村の「五対一」の一票格差問題の解消させる選挙制度の見直しは、アホは田舎出身の代議士の発言を封じる意味でも、21世紀の日本の最重要課題となっていると思う。

Posted: Thu - June 9, 2005 at 10:12 PM           |  


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