へぇ〜、富士山は「日本一」ではなかった時があったのだ!


まさに「へぇ〜!」って云うお話し。「富士五湖百へぇ〜!」という本に書いてあった。

つまり:
戦争中、台湾が日本の統治下にあった頃、台湾にある山(玉山3952m)のほうが富士山より高く、富士山は日本一ではなかった。当時の教科書にもそう書いてあったらしい。(玉山の別名はニイタカヤマ)

とのこと。

この本、社団法人富士五湖青年会議所が創立45周年の記念事業として、広く地域住民から「へぇ〜」を公募して作った本とのこと。他にもたくさん「へぇ〜!」がある。山中湖情報創造館で読める。


(2005.4.20 追記)

「戦前の教科書にもそう書いてあったらしい」という点がちょっと気になって調べてみました。青弓社編『富士山と日本人』という本の第4章「近代日本の教科書と富士山」に詳しく論じられています。抜粋:
  1. 国定教科書以前(1904年明治37年以前)。代表的な読本であった坪内逍遙の『国語読本』では第一学年後期で富士山の姿を絵で示し、その大きさが日本一であることを教えている(「おほきなやま、これはにっぽん一のやまであります」)。
  2. 第一期国定教科書(1904年明治37年から使用)では、富士山を扱った教材は第二学年後期から登場。1894年(明治28年)の台湾割譲でニイタカヤマが日本一となったことを反映して二番目とされている。(「日本では、二ばんめの高い山です」)
  3. 第二期国定教科書(1910年明治43年から使用)では、また第二学年後期読本では「日本一」に。(「あたまを雲の上に出し、四方の山を見おろして、かみなりさまを下にきく、ふじは、日本一の山」)。
  4. でも第二期国定教科書第五学年後期用の読本では「明治27/8年戦役ののち、台湾のわが領土となりしより、富士は第二位に落ちたり」と書いてある。
  5. 第三期国定教科書(1918年大正7年)中学年(第三学年後期用)では「二番も三番も台湾にあって、四番目が富士山だ」という会話が載せられている。
  6. ところが第三期国定教科書の先生用の教授書には「台湾総督府の測量によれば、一番がニイタカヤマ、二番がシルビヤ山、三番が秀姑轡山、四番が南湖大山で、富士山は五番目」と書いてある。
  7. 第四期国定教科書(1933年昭和8年)の指導書によれば「日本一の名山富士を賛美させ(略)国民が景仰礼讃する感情に共鳴させる」ことが大切と書かれる。
  8. 第五期国定教科書(1941年昭和16年)では、再び日本一に。「日本一のこの山を世界の人があふぎ見る」(第二学年後期)。また唱歌教科書でも「世界だい一の神の山」と歌われる。
  9. 戦後の第六期国定教科書(1947年昭和22年)では富士山の記述が完全に消える。

面白いね〜。


富士山と日本人
青弓社編集部

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Posted: Tue - April 19, 2005 at 05:06 PM           |  


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