NHK「クロ現」:京都の景観づくり
今晩のクロ現は、いろいろ考えさせられる:クローズアップ現代 NHK: "京都発 “景観づくり”が始まった 9月、全国で最も厳しいとされる「景観条例」が施行された京都市。建物の高さ制限は31m、屋上看板は禁止、家屋の屋根の形や庇の長さも規制されることになった。"
関係者がいろいろ努力をしていることは評価できる。でも京都の町を覆い尽くす電線と電柱の撤去が先じゃないか。
看板を規制するのは大いに結構だと思う。ニッポンの街の景観を台無しにしているのは看板であるからだ。簡単にできることから始めるのがいい。
建物の高さとなあると、意見が分かれるだろう。景観論者は京都駅前の高層ビルが京都の景観を醜くしたとするが、散人はそうは思わない。いま伊勢丹が入っている京都駅前のビルは京都の景観を著しく改善したと思う。新幹線で京都に入って、あの壁のようなビルのおかげで一番先に醜い京都の街並みを見なくてすむようになったからだ。京都の都市側からも、あのビルのおかげで醜いJRの高架を見なくてすむようになった。あれは遮蔽壁として有効であると思う。
京都の景観の一番の問題は、電線と電柱である。あれはどうしようもなく醜い。民間住宅の建築基準をめぐる論争に膨大なエネルギーを無駄遣いするよりも、電線と電柱の規制に限られたエネルギーを割くべきではないか。今夜の番組で紹介された京都の風景でも電線と電柱の醜さだけが印象に残った。平安時代や江戸時代には、電柱はなかった。明治になって薩長イナカモン政府が日本に広めた悪習である。世界中で、電柱が林立している都市空間は、日本と韓国と台湾だけ。何れも薩長イナカモン政権が支配した土地。いにしえの美しい京都に戻すためには、イナカモンが強制した都市の電柱を撤去しよう。「ザッツオール」である。それだけで京都は格段に美しくなる。
それは東京についても言える。電柱がなければ、東京の街並みは美しいとは言えないまでも、少なくとも醜くはなくなる。
それから同時に、明治政府が作った日本の建築基準法も、日本の都市景観を醜いものとしている。日本の都市部ではいにしえの京都や江戸の街のように「町家建築」が認められていないのだ。隣接した家屋とは一定の距離を置いてしか建築できない。これはイナカの基準である。都市部で膨大な土地面積の無駄遣いが発生している。おまけに都市景観が不揃いで醜くなってしまったのである。
イナカモンが日本を支配すると、ろくなことはないのである。いまだにそれが続いているので日本経済は停滞を続けている。
Posted: Mon - November 26, 2007 at 09:12 PM
|