NHK:三島由紀夫の少年期の小冊子が発見される……装幀のセンスに感心した


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NHKニュース: "三島由紀夫 少年期の冊子公開 この小冊子は、蔵書家が三島の遺族から買い取った資料の中から見つかったもので、来月、三島の戯曲が上演される東京都内の会場で、初めて公開されることになりました。縦18センチ、横15センチほどの大きさで、表紙にはトランプのハートやダイヤの模様があしらわれ、「IRO・IRO」という題と本名の「HIRAOKA」という名前がいずれもローマ字で書いてあります。全部で10ページあり、イソップ物語や松尾芭蕉の俳句、それに「たけやぶやけた」といった回文など、本や雑誌から写したさまざまなことばを書き連ねています。元になった本や雑誌の出版年などから三島が8歳か9歳の時に作ったとみられるということです。"
アナウンサーは「三島の言葉に対する感受性がうかがわれる」とか言っていたが、むしろ装幀のセンスに目を見張った。

内容は、イソップなどからの抜き書きに過ぎないのだが、このノートを三島自身が「装幀」していることが重要。トランプの模様をあしらったものだが、色彩センスがよく、とても8〜9歳の子供の装幀とは思えない出来栄え。やはりあいつは天才だった。

それにつけても嘆かわしいのが、昨今の日本の出版業界の悪しき慣習。装幀をまるで無視するのだ。折角美しく作られた本でも、売らんが為のけばけばしいペーパーカバーを掛け、おまけに醜い「帯」まで付ける。本を買った身としては、少しでも情報が書いてある帯とかペーパーカバーを捨てるのは気が引けるので、本にそれを付けたまま書棚に入れることになる。おかげで書棚はまるで街の本屋の書棚のようにけばけばしく雑然としたものとなってしまう。

図書館ではカバーと帯を捨てて書棚に載せるのがルールとなっているが、モッタイナイ精神が旺盛な散人は、つい余分なものでも残してしまうのである。みんなそうじゃないか。

おかげで、本棚は醜くなり、折角の装幀家の仕事は、醜い帯やカバーのおかげで人の目に触れることもなく葬られることになってしまう。かくして日本の装幀文化はほとんど死滅するのことになってしまった。

個人的には、ブックカバーと帯はやめにして書籍のサイズと装幀の形式を統一して欲しいと思う。今のままでは、書棚はまるで「小間物屋」。日本の出版業界はかつてない営業不振に悩むと言うが、単に売らんが為にだけ書店で目立つだけのためのけばけばしいカバーを付けて本を売り出し、書籍の美しさをないがしろにしてきた報いを受けているのであると思う。

三島由紀夫が8〜9歳の時に作った美しい装丁を見て、この感を強くした。

Posted: Mon - November 26, 2007 at 07:04 PM           |


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