NHK 朝ドラ「てるてる家族」ついにお仕舞い、残念だ!


今朝でついにお仕舞いになってしまった。明日から見られなくなると思うと、なんかぽっかり穴が開いたよう(大げさだな)。

時代や舞台が散人の個人的体験に近いこと、役者がみんなよかったし、せりふが抜群だったし、せりふの間の取り方もぴったりで本当に楽しめた。何と言ってもよかったのはミュージカル仕立てだったこと。こんな朝ドラはいままでなかった。いや朝ドラじゃなくってもミュージカル仕立てのテレビドラマはほとんどなかった(昨晩のNHK「ミュージック・イン・ドラマ・ホシに願いを」は絶対「てるてる家族」の成功を意識したものだ)。こういう試みは今後もっと続けられていいと思う。

もともと芝居と台詞と歌唱は切っても切れない関係にある。万葉集の力強い歌も当時は歌唱として歌われたことが大きい。もともと万葉集はミュージカル仕立てだったのだ。亡くなられた万葉学者犬養孝先生が言っている。人間は自分の感情を、言葉で、歌で、演技で同時に表現するものだからいっしょになっているのが自然なのだ。だからオペラは最高の芸術と言われるのである。

ところが現代社会では徐々にそれらがそれぞれに分離独立して行くようになった。歌は歌だけ、言葉は言葉だけ、音楽は音楽だけというように独立してそれだけで楽しまれるようになった。オペラもイタリア語で聞いてはさっぱりわからないので、まるで単なる音楽であるかのようにして洋楽愛好者に楽しまれているようだ。(團伊玖磨先生のオペラは別ですが)

それを現代風に再びいっしょにしようと云うのがミュージカル。日本では潔癖症から来る偏見からか、ミュージカルはいままであまり人気はなかった。でももともとはそれなのだ。今さらの総合化ではないのである。

ミュージカルの話になったが、云いたいことは、専門性の追求は時として人間本来がもつ総合性を損なう場合があると言うこと。専門性が当たり前になると、本来の人間性なぞを持ち出すと逆に違和感すら与え、迫害される場合もあるのである。

専門家ばかりが横行する現代社会においても、最後に頼れるものは、やっぱり個人の常識だ。年寄りは常識があるので、高齢化社会もまんざら悪いことばかりではないかも知れない、と我田引水でお仕舞いにする。

Posted: Sat - March 27, 2004 at 10:32 AM           |  


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