NHK
/「わたしの東京大空襲」とイラク
今晩のNHKテレビ「わたしの東京大空襲」はよかった。すみだ郷土文化資料館で展示されている実際に体験した世代による東京大空襲の体験絵画展の話だ。70歳を越える老人たちが自分が実際に見た光景を絵にしているのである。実際に体験したものでないと描きえない迫力のある絵をたくさん見ることができた。そのリアルさは衝撃的ですらあった。
一晩で10万人以上の民間人犠牲を出した東京大空襲についての実際の写真はほとんど残っていない。その中で、今回の絵画展に出展された絵画は貴重な資料だ。千歳橋で自分の目の前で泣き叫びながら背中から煙を出して焼け死んでいった少年の絵、焼きただれた両腕を前に差し出しながら歩く女性の姿、積み重なって死んでいる何千もの遺体、防火水槽のなかで蒸し焼きになっている母と子の姿、小学校の講堂で黒こげになって積み重なる死体、いずれも圧倒的な迫力があった。
これらの人たちは誰によって殺されたのであろうか。当時のばかな軍国政府に責任があった、そういう風にわれわれは教育されてきた。でも、直接の加害者は誰なのかは、明かである。民間人に対する大量殺戮を禁じたジュネーブ条約に違反したアメリカに明らかに非がある。犯罪的行為であると言える。これを簡単に忘れてはいけないと思う。
イラクでは二回にわたるアメリカからの攻撃で何万人もの民間人が同じように犠牲になっている。「すべてサダム・フセインが悪いのだ! すべて彼の責任である!」というのは、東京大空襲の10万人の殺戮はすべて東条内閣が行ったものだと言うことと同じぐらいナンセンスな議論だ。しかし、われわれ日本人はそういう教育をなんの迷いもなく受け入れてきたが、イラク人もそういう風に簡単に信ずることができるのであろうか。
勝とうと思って戦争をする以上、負けるより勝った方がいい。だから第二次世界大戦も、誰が何と言おうが、負けるよりは勝った方がよかったと思う。負ければ歴史ですら書き換えられてしまうのだ。
イラクでも歴史は書き換えられるのであろうか。幸か不幸か、21世紀は20世紀よりもう少し文明が進歩した世紀である。ジャーナリズムの批判精神が発達しているおかげで、勝った方が簡単に歴史を書き換えることが出来なくなっているのである。中東紛争の歴史を、日本でやったように簡単に書き換えることが可能だとブッシュは考えているのであれば、大甘である。
イラク戦争の皮肉は、東京大空襲の被害者である日本が、同じ状況にあるイラクでは今度は加害者の側に加担していることだ。イラクでもテロは今後ますますレジスタンスの様相を呈することは間違いない。自衛隊は本来ならば祝福すべきである戦後初の国際貢献を「大義なき戦い」ではじめようとしている。小泉内閣は、その根本的なところで、情勢判断を誤ったのである。
Posted: Fri - February 13, 2004 at 09:11 PM
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