パウエル国務長官「3人を誇りに思うべき」、なにか堀江健一のことを思い出す


日本では人質バッシングが盛んだ。与党内部からは人質になった三人の責任を問う過激な発言が相次いでいる。「チャーター機代などの費用も請求することになるだろう」との恐ろしい話まで出て、親たちは完全に萎縮している。結局「自衛隊にしかできない。これが日本国の意志だ」(石破茂防衛庁長官)と我田引水まで出てきた。こういった雰囲気の高揚しているときにはどんどん物事が進むのが過去の例だ。危険極まりがない。しかし、あたかもよし。思わぬところから健全な常識論が披露された。パウエル国務長官である。

アメリカのパウエル国務長官はJNN (TBS) の単独インタビューに応じ、人質となった3人について、「イラクの人々のために、危険を冒して、現地入りする市民がいることを日本は誇りに思うべきだ」と語ったのだ。このインタビューのテキストと録画 はオンラインで読んで聴ける。

ポイント部分を引用するとこうだ:
さらに日本の一部で、人質になった民間人に対して、「軽率だ、自己責任をわきまえろ」などという批判が出ていることに対して、「全ての人は危険地域に入るリスクを理解しなければなりません。しかし、危険地域に入るリスクを誰も引き受けなくなれば、世界は前に進まなくなってしまう。彼らは自ら危険を引き受けているのです。ですから、私は日本の国民が進んで、良い目的のために身を呈したことをうれしく思います。日本人は自ら行動した国民がいることを誇りに思うべきです。また、イラクに自衛隊を派遣したことも誇りに思うべきです。彼らは自ら危険を引き受けているのです。たとえ彼らが危険を冒したために人質になっても、それを責めてよいわけではありません。私たちには安全回復のため、全力を尽くし、それに深い配慮を払う義務があるのです。彼らは私たちの友人であり、隣人であり、仲間なのです。」と述べています。


よくぞいったである。散人はかねてから経済援助とか途上国支援という仕事は政府ができる仕事ではないと言い続けてきた。民間レベルでのビジネスなどの交流が一番経済支援に繋がるのである。これは10年前には通産省も強調していたことだ(外務省へのやっかみもあるが)。ODAは効率が悪くあまり役に立たないことが多い。

イラクでは数多くの民間人がこの一番大切な仕事をやっているのである。政府はその大まかな数字を把握していたはずである。小泉内閣の自衛隊派遣の決断はこれら役に立つ仕事をしている人たちに危険を及ぼすことになった。撤退が相次ぐであろう。それを知りながら「復興支援は自衛隊でしかできない」とはよく云ったものだ。

また危険を承知で戦地に赴く勇敢なジャーナリストが居なければ、われわれはほんとの実情を知ることができない。大本営発表にだけ頼ることになる。ジャーナリストたちにはぜひ行って欲しいのである。

政府としては「行くのはすすめない、禁止はしない、行くのは勝手」として、都合の良いときは「日本の国際貢献は順調にいっている」と自慢し、都合が悪くなると「あれだけ云ったのに行ったのはけしからん」となる。いいとこ取りは良くないのだ。でもこのいいとこ取りは、一度やったらなかなか止められないほどおいしいやり方なので、渡航禁止の法制化には、憲法上問題となんとか言いながら、絶対に踏み切らないだろう。「政府の責任に転嫁しようと言う人たちを利することにもなりかねない」(野田毅代議士)と言うのが本音だ。

蛇足ながら、今回の人質バッシングとパウエル長官の発言で、昔々の「マーメイド号」単独太平洋横断の時の騒ぎを思い出した。堀江青年はパスポートを持たず単独危険な航海に乗り出したとして、日本政府やマスコミはこぞって堀江青年を非難したものだ。「なんという常識がないことだ」とか「人に迷惑をかけることをどう思っているのか」などの非難が巻き起こった。ところが堀江青年がサンフランシスコに到着するとパスポートがないことをとがめられるどころかアメリカの世論はまるで英雄を迎えるような大熱狂。日本政府もすぐに沈黙してしまい今度は「偉いやつだ」と云うことになった。

日本人の主体性のなさここに極まれりだが、まあ良いでしょう。今回のパウエル発言が予想される「人質イジメ」を沈静化させることを望みたい。

Posted: Sat - April 17, 2004 at 10:47 AM           |  


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