アテネ五輪:野球オーストラリアに負ける……日本のプロ野球はショービジネス化しているのか?


テレビでオリンピックの野球をみていた。まさかの敗戦。でも、以前に書いたように、失敗の原因を「運」に求めるのは間違っている。徹底的に追求されるべきだ。敢えて「非国民」の汚名を着ることを承知で言う。日米のプロ野球の水準はそんなに高くはないのではないか。

日本ほど野球が国民的人気を呼んでいる国はない。ある意味ではアメリカ以上だろう。選手層の厚みはすごい。それにも拘わらずクリケットの国のオーストラリアに完敗してしまった。これはどういうことを意味するのか。

まず第一に考えられるのは、勝負は時の運。何十回も勝負をやらないとホントの実力は現れないということだろう。単に「運」が悪かったと言うことだ。でも高校野球はトーナメントだ。日本のオリンピックチームもトーナメントと言うことは承知の上での参加だ。負けは負けとして素直に認めるべきである。運が悪かったというエクスキューズは認めるわけにはいかない。

次に考えられるのは、選手はすごいのが揃っているが(イチローとか)、日本のプロ野球の制度があまりにも古くさいから、良い選手は日本を離れてしまったという仮説だろう。でもそういうことも、アメリカが予選敗退したと言うことなどを考えれば、一寸無理がありそうだ。アメリカのプロ野球自体、それほど実力があるのかどうか、疑問があるのだ。アメリカは敢えてメージャー選手を予選に出さなかったのは、メージャーを出して負ければ格好が付かないと思ったからではないか。

どうも日本やアメリカのプロ野球の選手の力量というのは、実戦の「生きるか死ぬか」の勝負では、それほど強くはないのではないのかも知れないのである。

なぜだろう? どうも日米両国では、プロ野球を含め野球が全般的に「ショービジネス」と化しているのではないか。実力は論外で、観客をいかに楽しませるか。それが最大の課題になっているのではないか。

曙がK1で負けてしまったが、相撲業界にも似たような傾向が見られる。

プロレスと同じで、観客をたのしませさえすれば、実力は関係ないとする考えがもしあるとすれば(かなり濃厚にそういう考え方があると思うが)、我々エンターテインメントの消費者は、軽く見られていると言わざるを得ない。


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Posted: Tue - August 24, 2004 at 09:18 PM           |  


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