8/15 Today 日本ポツダム宣言を受諾、敗戦の日


1945年7月26日、米・英・中国三国首脳の名を以て発表されたポツダム宣言を、ついにこの日、日本政府は無条件で受諾することとなる。ポツダム宣言については以前書いた(ここ)。そこで書いたように受諾するまでの日本政府の右往左往ぶりはまさに見苦しいの一言に尽きるが、今朝の日経新聞の社説 は、現在日本の旧態依然の既得権益者のどたばたぶりは、まさに当時の醜態そのものであるという。正しい指摘だと思う。(これは昨年8月15日記事の再掲です)

日経社説の一部を引用する:
この7月、新発見の資料を中心にした「重光葵 最高戦争指導会議記録・手記」が刊行された。終戦工作を模索した小磯国昭内閣(44年7月—45年4月)の政策論議が明かされるのだが、大層驚かされる。

 「日本と同盟することが利益になると、ソ連に納得させる施策が必要」「ドイツとソ連の和平をあっせんする」「蒋介石と和平し、米英に対し宣戦させるのが最も望ましいが、そこまでの必要はなく、好意的中立と在中国の米英軍の武装解除で満足する」と夢物語を論じ合うかと思えば、当時約1万3000機しかなかった航空機を1年で4万2000機製造するとか、前年度実績112万トンの船舶建造を210万トンにするなどと空想的計画策定に時を費やす。その間に数十万人が命を失っている。

 無謀に戦争に突入し甚大な被害が生じても小磯内閣のように要路の者が無為無策に過ごす。そんな戦時の日本の姿を過去のことと言い切れるのか。年金制度を巡るデータ隠しや社会保険庁の野放図ぶり、既得権益にしがみつく政治家や官僚など、最近目につく問題のほんの一例を「失敗した過去」と見比べても、何も変わっていないものが見えてくる。

当時、頭のおかしい一部の軍人達は、玉音放送のレコードを奪取するべく画策したという。いま現在でも一部の人達は「日本は無条件降伏なぞしていない、戦犯を日本政府として公式に認めるサンフランシスコ条約もいやいや調印したものだから関係ない」と主張する。今も昔も変わっていないのだ。

しかし、今も昔もまともな人達も多くいる。自由人で合理主義者われらが永井荷風はこの日をどう書いたのか。『断腸亭日乗』から引用する:
8月15日、(中略、この日荷風は勝山の谷崎潤一郎を訪れた後、岡山に帰る。その道中のさまが書かれている)午後二時過岡山の駅に安着す、焼跡の町の水道にて顔を洗ひ汗を拭ひ、休み休み三門の寓舎にかへる、S君夫婦、今日正午ラヂオの放送、日米戦争突然停止せし由を公表したりと言ふ、恰も好し、日暮染物屋の婆、鶏肉葡萄酒を持来る、休戦の祝宴を張り皆々酔ふて寝に就きぬ、

勇ましい連中は「戦争に負けて祝宴とは何事か」というのだろうが、この気持ちは実際にあの狂気の時代を生きた人間でないと分からないだろうね。後藤田正晴なぞの年寄りは、皆最近の日本の「右傾化」を憂慮している。

サイト内関連記事(キーワード「ポツダム宣言」で検索)


(初出:2004.8.15)

Posted: Wed - August 15, 2007 at 11:02 AM           |


©