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摂津湊川の戦い、楠木正成敗死(1336)
新田義貞に敗れ京都から丹波、九州と逃げていた足利尊氏が逆襲に出てくる。兵庫の湊川で楠木正成が迎え撃つ。楠木正成は敗れ、後醍醐天皇は比叡山に逃れることとなる。「忠臣」が「逆賊」に負けたと言うんだけれど……。
「逆臣」足利尊氏と「忠臣」楠木正成という構図はいつ頃からできたのか。どうも昭和の初期らしい。それまでは足利尊氏も人間的には立派な人間であるとの認識が一般的であったが、国粋主義の高まりの中で足利尊氏は大悪人ということで急に思想統制がされた。ある大臣は、足利尊氏も人間的には立派な人間だと文芸雑誌に書いていたばかりに、議会で総攻撃を受けて辞職に追い込まれた(中島久万吉商工大臣、昭和9年)。
いまでもそうだが、ナショナリズムが絡むと人間は集団で徒党を組みヒステリックに特定の人間を攻撃することになりがち。それを煽って儲ける「利権集団」にいいように利用される。心したい。
(初出:2005.5.25)
Posted: Sun - May 25, 2008 at 06:05 AM
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