1/23 Today 松方コレクション返還協定調印 (1959)


これでフランス政府に敵方資産として没収されていた松方コレクションが日本に戻ってくることになった。松方コレクションとはなんだろう?

現在上野の国立西洋美術館の中心を占める我が国有数の美術品コレクションだ。松方幸次郞が戦前のフランスで膨大な私財を投じて買い集めた。松方幸次郞とは誰か? 明治の元勲松方正義の三男である。エール、ソルボンヌ、オックスフォードに学び、川崎造船の初代社長でもある。第一次大戦中の造船ブームに乗じて莫大な資産を築き川崎造船を日本一の造船会社に育てた。

ところが第一次大戦が終わってブームが終わると川崎造船の経営は破綻。松方幸次郞は責任をとって辞任する。でも自分が儲けた分はしっかり仕舞っておいた。そのお金でヨーロッパに渡り札びらにまかせて美術品を大量に安値で買いまくった。ロダンには当時貴重品であったブロンズの材料まで支給して作品を作らせた。日本に持って帰ろうとしたが、軍国右派政府は美術品などの贅沢品の輸入には高率の関税をかけるという。また風紀紊乱の恐れがある美術品が混ざっているとかケチを付ける。幸次郞は怒ってそれなら俺のコレクションは日本には持ってこないとフランスに置いておいた。

再びところがである。ドイツが負けるとフランスは戦勝国。松方コレクションは敵方資産だとして没収されてしまう。関係者がいろいろ努力をして、日仏親善のために1959年になり、このコレクションは日本に送られることとなった。

もともと戦争バルブで儲けたあぶく銭で買ったコレクションだが、形のあるものとして日本人の手に残ったことはまことに喜ばしい限り。80年代のバブルでは儲けた連中が印象派を買いまくったが既に馬鹿高値が付いている作品を買い集めたに過ぎず、軒並み大評価損を出している。松方幸次郞の先見性には全く及ばなかった。

ちなみにこの返還を実現させたのはロシア系フランス人の日本学者バディム・エリセーエフ。漱石の教え子で、京都、神保町を空襲から救ったセルゲイ・エリセーエフの子供である。この親子はいろいろ日本のためになることをたくさんしてくれた。

松方幸次郞はライシャワー大使の奥様ハル・松方・ライシャワーの叔父に当たる。ハル夫人の従兄が元駐米大使の牛場信彦氏。一族にはそれ以外にもいろんな人がいる。華麗な一族。日本が無階級社会だというのは神話である。


(古い1月23日エントリーの再掲載)

Posted: Mon - January 23, 2006 at 10:02 AM           |  


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