4/6 Today 板垣退助が「板垣死すとも自由は死せず」と言った日(1882)


征韓論で負けてしまった参議の板垣退助は下野し活発な自由民権運動を展開。急進的でもあり反対派からの風当たりも強かった。明治15年4月6日、岐阜にて刺される。その時板垣が言った言葉がこれだという(ホントはこれウソだが)。

怪我したけど死にはしなかった。でもこの辺りで板垣退助もお仕舞い。伊藤博文にうまいことだまされて洋行してしまう。渡航費用は三井が出した。自由民権運動は分裂し弾圧されてしまった。

板垣退助はどうしても世界を見たかったのだろう。その気持ちを伊藤博文はよ〜く把握していた。で、コロッとやられたね。求めるものは人によって異なる。ネコは小判では動かないがカツオ節では簡単に買収できる。人間も同じ。人によってなにがカツオ節かが違うだけなのだ。己の秘めたる願望は敵に知られた段階で弱点と化すので、出来るだけ人に知しめない方が安全なのだ。


(再録エントリー)

Posted: Sun - April 6, 2008 at 06:36 AM           |


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