1/2 Today 荷風の父永井久一郎没 (1913.1.2)


永井荷風の父久一郎の忌日。大正2年1月2日。この年の正月、父久一郎は突然の脳溢血で危篤(昔はコメばかり食べていたのでよく脳溢血が起こった)。ところが荷風は居所を誰にも言わず不倫相手(八重次)とこっそり箱根に遊びに行っていた。臨終に大幅に遅刻をした荷風は母と妻と親戚一同の前で一言も弁明することが出来ず、ここに荷風は「トンデモナイ人間」という評価が固まってしまった。運が悪かったね。まあ「天網恢々疎にして漏らさず」でもある。

そういうこともあって荷風は父親の命日にはよく墓参りをしている。でも毎年でもなかった。『断腸亭日乗』大正11年1月2日のくだり:
正月二日。正午南鍋町風月堂にて食事をなし、タキシ自動車を雑司ヶ谷墓地に走らせ先考の墓を拝す。去年の忌辰には腹痛みて来るを得ず。一昨年は築地に在り車なかりしため家に留まりたり。この日久し振りにて來り見れば墓畔の樹木俄に繁殖したるが如き心地す。

雑司ヶ谷はそれほど遠くはない。もう少し頻繁に墓参りして欲しいところ。「昨年(大正10年)は腹痛」というが当日の荷風の日記を見ると「静閑喜ぶべし」なぞと書いており、そんな風には見えない。また「一昨年(大正9年)は車がなかった」と言うが、その日の日記では実は自宅で女を待っていたことがわかる。すぐばれるようなウソはつくなっ!、てところだが、この辺が荷風のいい加減さが出ていて、面白い。

昨日の元旦、雑司ヶ谷の鬼子母神に行ってみたら、結構人がいたのでおどろいた。例年はほとんど人がいないのだが、参道にまで並んで参拝の順番を待っていた。レトロブームかも知れない。

プラクティカル・アドバイス:鬼子母神に車で行くにはあの細いケヤキ並木の参道に直接クルマを乗り入れるといい。誰もそんなことはしないので一番奥にたいてい駐車スペースが残っている。もし空いてなかってもそのまま裏に抜けられる。

Posted: Sun - January 2, 2005 at 06:19 AM           |  


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