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曾我兄弟の仇討ち(1193)……富士の裾野はいまも変わらない
日本三大敵討ちの一つ。歌舞伎でも有名。登場人物:殺された父親は河津三郎祐泰(すけやす)、殺した悪者は工藤佑経(すけつね)、仇を討つのは祐泰の遺児の曽我十郎祐成(すけなり)と曽我五郎時致(ときむね)の二人の兄弟。舞台は富士の裾野で行われた源頼朝主催の大巻狩り。みごと父親の仇を討ちましたとさ。
この事件を詳しく勉強するなら、このサイトがいいです。単純な敵討ちでもないという説もあるらしい。その時の様子はこんなだった:曽我の仇討ち
今から約800年前の建久4年(1193)5月28日、源頼朝が富士山麓を舞台に大巻狩を催し最後の狩場として白糸の滝付近に陣を構えました。工藤祐経の陣は音止の滝の東方にあり、兄弟はこの夜、松明を手に幾つもの木戸に防げられながらも、ついに仇討ちを成し遂げました。
その時の様子を(吾妻鏡は)つぎのように伝 えています。
「廿八日、癸巳。小雨降る。日中以降霽(は)る。子の剋(きざみ)、故伊東次郎祐親(すけちか)法師が孫子、曽我十郎祐成(すけなり)・同五郎時致(ときむね)、富士野の神野の御旅館に推参致し、工藤左衛門尉祐経を殺戮(さつりく)す」
ところで、この頼朝の大巻狩りは、スポーツであるという以上に、軍事演習の性格が強かった。鷹狩りとはもともとはモンゴル騎馬民族に伝わる国民的伝統。本家でも軍事演習としての性格もあった。日本には朝鮮の鷹匠がもたらしたと言うが、やはり日本に渡来した騎馬民族が自分の伝統文化として持ち込んだと考えるべきではないか(万葉集にもこの手のピクニックが多い)。この大巻狩りが行われた富士の裾野は、いま陸上自衛隊の演習地となっている。だから景観も土地の用途も当時のままだ。モンゴル以来の伝統文化はいまでもきっちり保存されているのである。北富士演習場では今朝朝早くから自衛隊の実弾演習。思いついた箴言:軍隊でやることはあまりないけど、たまに「やるとき」は朝早くやる。
(初出:2006.5.28)
Posted: Wed - May 28, 2008 at 08:23 AM
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