2/7 Today 一ノ谷の戦い (1184)……一ノ谷とはどこだ?


安徳天皇を擁して西海に走った平氏一門は、やがてふたたび勢力を挽回。旧都福原に東進し、東(生田森)、西(一ノ谷)に軍陣を構えて要害を固めた。攻める源氏は、範頼が大手を、義経は搦手(からめて)。義経の鵯越(ひよどりごえ)の奇襲により、平氏軍は四国屋島に敗走した。一ノ谷とはどこだろう。

よく分かっていないらしい。須磨区の鉢伏山に一ノ谷 という場所があり一般にここだといわれているが、兵庫区の山側であるとか生田神社の近辺であった とかいろいろ説があるとのこと。まあ今となってはわからないだろう。でも六甲山系を縦断中の義経が下で繰り広げられる大手攻めの戦(生田の森)を見て焦って急斜面を駆け下りたとするなら、あんがい生田に近いところだったのかも知れない。須磨ではちょっと遠すぎるかも。でも義経が京都から西国街道ではなく三田経由福原を目指したとすると須磨もあり得る。

とにかく六甲山系の縦断は強烈に疲れるハイキングである。ナップザック一つだけの軽装でも完全にくたくたになる。昔の人は体力があったのだ。

参考までにあの辺の地図を出しておきました。





(2005年のものの再掲載エントリー。コメント欄に銀狐さんが書かれている考證が参考になる)

Posted: Wed - February 7, 2007 at 09:51 AM           |


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