5/30 Today ジャンヌ・ダルクが火炙りにされる(1431)


この日、ルーアン市の火刑台でオルレアンの少女ジャンヌ・ダルクは火炙りの刑に処せられた。ジャンヌ・ダルクのあの時代は、複雑でわれわれの理解を超えることが多い。ちょっとお勉強。

だいたいあのイギリスとフランスの間の百年戦争からして複雑怪奇。そもそもイギリス王室からしてフランス国王の家臣であったノルマンディー公がイギリスを征服して作った王朝。イギリス宮廷の公用語はフランス語だった。同時にイギリス王はイギリスでは王様だが、フランスではノルマンディー公としてフランス王の家臣であった。そのくせ、イギリス王のフランスにおける領地の広さは(その後のアキテーヌの併合で)フランス国土の大半を占めるまでの広大なものだった。でもあくまでも家臣だから領民はフランスの裁判所が裁いた。とても複雑。日本一の大地主の本間さまみたいなものかな。要は、国家とか国民とかいう意識がきわめて希薄な時代だったのだ。

百年戦争だが、フランスが苦戦したのは、イギリスの長弓隊の威力もあったが、フランス国家としてのまとまりの無さが最大の弱点だった。ジャンヌ・ダルクはそれを本能的に認識し、具体的に行動し、フランス王権の確立と国民の愛国心に訴え求心力となることに成功した、まさに大英雄なのである。日本では神懸かり的なヘンな少女というイメージでしか受け取られてはいないが、とてもそんなものではない。

ルーアンで彼女がつながれていた塔に登ったことがある。肖像画もいくつか見たが、いちばん古いものはそんなに美人じゃない。丸顔でがっしりした女性だ。25キロもある重い鎧を着て大活躍したのだから、きしゃだったらとてもできなかった。

(リサイクル)

Posted: Tue - May 30, 2006 at 09:43 AM           |  


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