5/3 Today
憲法施行(1947)、平和憲法と親父の遺言
今日は憲法記念日。今や国民の過半数が憲法を改正すべきだと考えているようで(日経4月世論調査)、今朝の日経社説も「憲法改正の機は熟しつつある」というもの。たしかに文章がおかしな憲法ではある。前文が長ったらしいのは特にカッコウが悪い。でも冷静に解釈すれば特に不都合がある部分があるとは思えない。解釈をきちんとすれば何ら支障はない内容である。また借金や連帯保証を頼まれた時に断る際によく使われる「それは親父の遺言でダメなんだ」という口実のような便利な使い方もできる。
今の憲法は自衛権を認めていないと言うがそんなことはない。国家としての固有の権利である。武力の保有を認めていないと言うが自衛隊は世界第二の軍隊だ。集団的自衛権は内閣法制局がこれは憲法で認められわが国はこれを保有していると公式に宣言している。あとは集団的自衛権の「行使」であるが、これも内閣法制局長が「行使できる」と公的な解釈を示せばそれで済むことだ。それがなくても、そもそも米国のタカ派ですら自衛隊に集団的自衛権の発動を本気で望んではいない(カウントされていない)。日米安保条約は片務的だというが、沖縄基地を米軍に提供しているだけで、充分すぎるほどの役務提供を行っている(沖縄がなければ米軍は中東作戦を遂行できない)。軍事的に何ら不都合はないのである。現行憲法で何ができないのかというと自衛隊が遠く離れた外国に戦争に出かけることである。これはできない(もっとも北朝鮮に自衛のために攻めていくことはできる。明確にダメなのは中東などへの派兵だ)。しかしこれのどこが不都合だというのであろうか。吉田茂首相はマッカーサーから朝鮮半島への自衛隊(保安隊)の派遣を半ば高圧的に要請された時、黙って「平和憲法」を示したという。あなたが我々に押しつけた日本国憲法では軍隊の派兵は禁止されているのですと。さすがのマッカーサーも一言もなかったという。征服された国は征服者の子分となって征服者のすすめる戦争に加担させられるのが歴史である(ナポレオン軍に無理やり入れられてたくさん死傷者を出したプロシア軍なぞ)。日本は平和憲法のおかげでベトナムにも派兵しなくても済んだし、アメリカのすすめてきたその他多くの戦争にも無関係でおられた。平和憲法はいわば「親父の遺言で……」とか「わが家の家訓でして……」というビルドインエクスキューズとして使われてきたのだ。こんな便利なものはなかった。戦争に勝てば巨額の賠償金とか領土が貰えた帝国主義的な時代はともかく、現在に於いていくら強大国といえども対外戦争をして得した試しはない。すべて持ち出しである。イラク戦争ですら、石油が貰えるどころか、石油価格は逆に高くなってしまった。「外国には攻めて行かない」という日本国憲法は非常に21世紀的経済合理性を持ったものである。戦争をして領土を広げなくともWTOで市場が確保される時代だからだ。大東亜戦争で日本が野心を持った最大限の経済圏よりもはるかに大きな市場を日本はIMF体制のもとに確保できたのである。しかも無料で。すなわち平和憲法のおかげで日本は経済的に高度な発展を遂げることができた。なぜこういう便利なものをわざわざ放棄しようと考えるのか、算盤勘定では理解できないところだ。もう一つ散人が憲法再生に消極的な理由は、今回のイラク人質事件での日本社会のヒステリックな反応である。関東大震災の時のデマ情報に基ずく朝鮮人大量虐殺事件を想起させた。このような社会風土はとても怖い。市民社会はが充分成熟しているようには見えない。こういう状況では、やはり平和憲法という歯止めが必要なのではないか。憲法改正の議論は、我々の子供の世代に検討を先送りした方が賢明であるように思える。「参考サイト」国会図書館「日本憲法の誕生」、今朝新しく81点の新規資料が追加されている。http://www.ndl.go.jp/constitution/
(これは2004年5月3日のエントリー。今も事情は同じだと思うので、再掲しました)
Posted: Sat
- May 3, 2008 at 07:24 AM
|