8/29 Today 渋江抽斎没 (1858.8.29)


渋江抽斎とは弘前の医官で考証学者。晩年の森鴎外はこの渋江抽斎に傾倒し、彼の生涯とその周辺を克明に調べ上げ、この『渋江抽斎』を書いた。達意の名文との評価が確立している。

鴎外の『渋江抽斎』は抽斎の詩の引用から始まる。これだけは白文であるが書き下し文に改めるとこんなものだ。

「三十七年一瞬の如し。医を学び業を伝えて薄才伸ぶ。栄枯窮達は天命に任す。安楽銭に換え貧を患れえず。」

鴎外はこう説明を加える:

「この詩を瞥見すれば、抽斎はその貧に安んじて、自家の材能を父祖伝来の医業の上に施していたかとも思われよう。しかし私は抽斎の不平が二十八文字の底に隠されてあるのを見ずにはいられない。」

鴎外は明らかに抽斎の像に自分を投影している。人間というものはすべてそんなものだ。やせ我慢を気取る中にも屈折したものがある。鴎外もそうであった

鴎外がこれを書いたのは大正5年、55歳の時だ。61才で没するのだから、まさに晩年といって良い。驚くほどの緻密さで、抽斎の生い立ちから交友関係、趣味、性格、家庭生活、子孫、親戚に至るまで、克明に調べ上げて、淡々と描写していく。周辺と些末な事実を積み上げることで抽斎の人間像を鮮やかに浮かび上がらせるのである。平易で格調の高い文章である。

永井荷風も生涯にわたりこの『渋江抽斎』を愛読した。荷風が死んだときにも床には『渋江抽斎』がページが開かれたまま置かれていたという。

夏休みも最後に近づいた。今年の夏はあまり勉強しなかったから、秋からは読書で挽回。

Posted: Mon - August 29, 2005 at 07:20 AM           |  


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