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余丁町散人(橋本尚幸)
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日々雑記 Index


2003.3.31 今日はなんの日。アンネ・フランク死す(1945.3.31)『アンネの日記』は子供の頃読みましたが、ピーター君との初恋や、トイレの順番でもめるところなんかもあって、生活感あったなあ。ひたすらチャーチルを待ちわびているところが泣かせる。


ルモンド。軍事には素人のラムズフェルドがペンタゴンの専門家が策定した作戦計画を6回も突き返し兵員数を削減したおかげでイラクの米軍は今動くに動けないような状況に陥ったとする記事です。思いこみの強い人間ほどやっかいなものはない。

Donald Rumsfeld aurait ignoré les recommandations du Pentagone (2003.3.30)

ラムズフェルドがペンタゴンの意見を無視したらしい



 2003.3.30 今日はなんの日。エッフェル塔完成(1889.3.30)。パリの美観を損なうと云って当初はさんざんな評判だったらしい。モーパッサンも最初は貶していたが、やっぱり好奇心に勝てずエッフェル塔に上り「ここがパリで唯一この醜悪な塔を見ないですむところだから」と負け惜しみを言った。同じように万博の「太陽の塔」も最初は評判が悪かったけれど今は認められている。でも京都タワーはいつまでたっても駄目ね。執拗な反対運動がまだ続いているから。善しにつけ悪しきにつけ「継続は力なり」です。


ルモンド。ファビウス元首相の寄稿です。今度の馬鹿げたイラク戦争について、感情的になることなく、そこから引き出した教訓を述べ、将来に向けてとても建設的な提言をしています。こういう地に足がついた、しかし高尚で大きなビジョンを語りうる政治家が日本にも欲しい。

IIrak : premières leçons, par Laurent Fabius (2003.3.29)

イラク:最初の教訓(ローラン・ファビウス)



2003.3.29 今日はなんの日。所得税法が改正され、給料の源泉徴収制度が始まった日です(1940.3.29)。それまでは月給取りも税金は申告して納めるものでした。この改正も目的はひとえに戦争遂行のための挙国一致体制作り。だから戦争が終わったら元に戻すのが筋だったのですが、あまりにも徴収が便利なので戦後もそのまま制度が残され今日に至っています。おかげで日本の給与所得者は完全ガラズ張りで税金を取り上げられると同時に自分が税金を払っているという意識すら希薄になってしまいました。


2003.3.28 今日はなんの日。クリミヤ戦争勃発(1854.3.28)。トルコでの小さな宗教問題のいざこざがロシアとイギリス=フランス連合との間の大規模な戦争に発展。戦死は20万人に上った。まったく何の意味もない戦争だったが当時の指導者は戦争は必要だと判断したのである。


ルモンド。今日の社説「死者と戦争」は25日のピエール・ジョルジュの「サダムは生きていた」と昨日のバグダッド特派員報告を足して二で割ったような内容。ルモンドは一枚岩。またイラク戦争についての米国マスコミ報道に関する分析記事も興味深い。新聞とテレビでスタンスの違いや、新聞によって、また同じ新聞でもページによって傾向が違う事など。CNNとFOX間では視聴率競争のために報道内容を操作している事も。黒人と白人の間で際だって戦争認識が違うとは、米国のマスコミはなんにも報道しないけど、驚くべきことです。午後時間あれば訳します。


2003.3.27 今日はなんの日。松尾芭蕉、深川の芭蕉庵を出て『奥の細道』の旅に出発(1689.3.27)。芭蕉庵は昔は隅田川が一望に見渡せて風情のある庵だったのでしょうが、今はカミソリ堤防のおかげですっかり「塀の下」。景観を重視しない都市政策のおかげです。隅田川が自然を取り戻す時が東京が本当の意味での国際都市になる時なんでしょうね。もうひとつ、広瀬中佐戦死(1904.3.27)。旅順港封鎖作戦で広瀬艦長はうまくボロ船を港口まで持ってきたのは良いのですが、いざ脱出となると一人だけ杉野兵曹長が行方不明。「杉野はどこだ」と沈み行く船の中で広瀬中佐は兵曹長を探します。結局見つからないまま砲弾にやられる。部下への責任感の強さが立派であると軍神となりました。こういう軍神なら良い。


ルモンド。今朝バグダッド特派員の報告の続きが出ています。市民の抵抗はどんなものとなるのか、どういう準備をしているのか、現地からのレポート。市街戦は相当凄惨なものとなりそう。

Bagdad va être le haut lieu de la résistance (2003.3.27)

バグダッドはレジスタンスの中心地となるだろう



2003.3.26 ルモンド。ルモンドのバグダッド特派員の報告です。フセイン政権は「首都決戦」に持ち込む構え。第二次大戦中の日本では「本土決戦」が主張されましたが、同じことです。イラクで嫌われているフセインですが、ナショナリズムが絡むとまた話は別。彼等の立場になって考えるとわかります。こうして多くの市民が犠牲になるのです。

Reportage
"Nous allons accueillir les envahisseurs avec la plus belle musique et les plus jolies fleurs", ironise Tarek Aziz (2003.3.26)


イラク首脳は「我々は最高の音楽と花で侵略者を迎える」と皮肉る

今日はなんの日。伊藤博文を暗殺した安重根が処刑される(1910.3.26)。さぞかし凶悪な人物と思いきや、なかなかの文人であったようだ。関口の細川家博物館(永青文庫)で安重根の書を見た事があるが立派なものでした。それを大切に保管してきた細川家もさすが名門大名。足軽出身の伊藤博文なんかに遠慮しなかった。


Bush or Chimp. メールで貰った写真です。笑えますよ。


2003.2.25 ルモンド。サダム・フセインが再びテレビに現れましたが、先週とは打って変わってえらく元気な様子でした。死んでなかったのだ。悪い奴ほど死なない。イラクの人々も「解放軍」に花束で歓迎する様子もありません。やっぱり簡単にはいかない。せめて早く終わってくれればいいのですが、悪い予感もします。それを語るルモンドの論説です。

par Pierre Georges
Saddam toujours (2003.3.25)

サダムは生きていた


今日はなんの日
。永井荷風の『ふらんす物語』が発禁処分を受ける(1909.3.25)。どこが悪かったのか当局は説明していないが、通説ではパリの日本大使館に勤めるやる気のない外交官を主人公にした短編「雲」のせいだと言われている。でも散人は別の仮説を持っている。お偉方の気に入らなかったのは「雲」ではなく絶対に「晩餐」である。リヨンのさる邦銀支店長公邸での晩餐会を描写したものだが、あまりに真に迫りすぎている。100年近く経っても海外駐在員及びその家族の行動様式はほとんど変わっていない。


珊瑚集私註に「暖かき火のほとり」を加えました。



2003.3.24 ルモンド。アメリカで「モニカ・ルインスキーを返せ」というステッカーが流行しているとの事。大賛成。クリントンは助平だったかも知れないがこんな馬鹿な事はしなかった。ポリティカル・コレクトはもうたくさんです。善人ぶった「信念の人」が国を滅ぼすことは、与謝野晶子が「悲しからず哉道を説く君」と詠ったとおり。それにしてもこのステッカーを見てみたいな。

"Rendez-nous Monica Lewinsky ": l'autocollant pacifiste de Philip Roth (2003.3.22)

「モニカ・ルインスキーを返せ」;フィリップ・ロスの平和運動ステッカー


今日はなんの日。
壇ノ浦の戦い(1185.3.24)。源氏と平家の最後の戦いは海上で行われました。戦国時代に時代が下がるとほとんどが陸上の戦いとなるのですが、それ以前の時代では戦争に於いては海と船がきわめて重要な意味を持っていました。神武天皇からして船で攻めていきます。京都でももっとも古い時代からある神社は貴船神社じゃなかったかしら。船を奉ったものです。埴輪にも馬と船はよく描かれている。でも中世以降、船の文化と技術は停滞しやがて衰退します。陸地に安住しすぎたからだと思う。


珊瑚集私註ヴェルレーヌの「道行」を加えました。フランス版「ぬれ落ち葉」ですね。かなしい。


訂正。21日のルモンド抄訳「戦争と平和、レトリックの死(機能低下)」で「ミシェル・ムーアの『コロンバン学校のボーリング』」と書きましたが「マイケル・ムーアの『ボーリング・フォー・コロンバイン』」が正しい。読んで頂いた方からご指摘がありました。有名な映画だったようですね。こういうご指摘をいただけるとたいへん助かります。



2003.3.23 ルモンド。テレビに出てきたサダム・フセインは果たして本物なのかどうか、興味のあるところですが、ルモンドは専門家の意見を紹介しています。要はよく分からないと言うことらしい。科学がいくら進歩してもアナログの分野は難しいのだ。あのサダム・フセインはまるで強力な指導者、独裁者とは見えず、どっかの田舎のオッサンみたいでした。実際の素顔なんでしょうね。

Les études de biométrie peinent à différencier Saddam Hussein de ses prétendus sosies (2003.3.23)

バイオメトリーの研究はサダム・フセインと替え玉を見分けることが出来る


珊瑚集私註。ヴェルレーヌの「ましろの月」を加えました。


今日はなんの日。明治政府、小学校を設立(1869.3.23)。明治2年のことです。戊辰戦争が終わったばかりの混乱の中でとても偉かった。国造りは人作りからだと確信していたのですね。


2003.3.22 今日はなんの日。「出歯亀」こと池田亀太郎、東京大久保で逮捕さる(1908.3.22)。女湯のぞき見常習者であった。亀は死すとも名前が残った。


近況報告(春のお便り)を書きました。春分の日が過ぎたというのにまだまだ寒いですね。



2003.3.21 ルモンドに「レトリックの死」と題する良い論文が掲載されています。言語学者が書いたものですが、ブッシュのみならずシラクもレトリックに問題があったとするもの。レトリック不在の日本にいると、いろいろ考えさせられる論文です。

POINT DE VUE
Guerre et paix : des rhétoriques défaillantes, par Jean-Henry Morin et Louis de Saussure (2003.3.20)

戦争と平和、レトリックの死(機能低下)

今日はなんの日。春分の日ですね。あとは一日一日と日が長くなってくる。


訂正。
2003.3.19 のルモンド抄訳でブラジルの人気作家パウロ・コエリョを「パウロ・コエロ」と表記してしまいました。イベリア系の言語のエライ人から指摘があった。散人はポル語は出来ないのです(レストランぐらいじゃ通用するけど)。お詫びして訂正。


2003.3.20 今日はなんの日。地下鉄サリン事件(1995.3.20)。あの日の朝、神楽坂の駅から地下鉄に乗ろうとしたら、日比谷線で事故があったからといって入れてくれなかった。詳しいことは何も分からなかったけど、異様な雰囲気だったなあ。麻原は悪人。世の中には確かに悪人は存在する。悪人のいない社会なんかない。悪人は除去すれば居なくなるかというと、どうもそうでもないらしい。人間が居る限り必ずある一定の比率で悪人が発生するようだ(悪人を除去しても残りの集団からまた再び悪人が発生する)。だから如何に安全に悪人と共存していくかが大切なのよね。ブッシュもそのへん分かって欲しいな。


荷風塾「珊瑚集私註」
にヴェルレーヌの「ぴあの」を加えました。美しい音楽的な詩です。荷風の訳もいい。


2003.3.19 今日はルモンドはお休みにしようかと思いましたが、これは面白かったので訳します。「ブッシュさん有り難う」というブラジルの人気作家パウロ・コエリョの寄稿。もちろん意図するところは反対です。ちょっと凄みもある。

POINT DE VUE
Mille mercis, président Bush, par Paulo Coelho (2003.3.18)


ブッシュ大統領、厚く御礼。パウロ・コエリョ 拝

今日はなんの日。中大兄皇子、近江に遷都(667.3.19)。クーデターで蘇我入鹿を殺し政権を握った中大兄皇子は、こんどは百済を救うという大義の下に対外戦争を起します。でも白村江で大敗。相当批判されたのでしょうね。中大兄皇子はうるさい批判勢力が跋扈する飛鳥を離れ琵琶湖湖岸に遷都します(大津京)。具体的な場所ははっきりわからないのですが、なんでも今の琵琶湖ホテルのある柳崎あたりと言われています。都とするにはちょっと狭い土地ですが風景はいいし琵琶湖と瀬田川の水運も利用できる。何よりものんびりする場所です。しかし壬申の乱でまた都は飛鳥に戻ってしまう。ずっとあそこだったら、日本の歴史ももう少しのんびりしたものになったかも知れない。


琵琶湖の柳崎とはどんなとこなのかはこの写真でわかる(自慢)。


ルモンド抄訳。原文へのリンクが一部切れているところがありました。ごめん。全部直したつもりだけれど、問題箇所に気が付かれましたらお教えください。


2003.3.18 ルモンド抄訳。イラク攻撃に向けて大西洋の小さな島にアメリカ、イギリス、スペインの首脳が集まり共同宣言を発表しました。アメリカ、イギリスは分かるのですが、何故スペインが? 三首脳の真ん中にスペインのアスナール首相が堂々と立っていたのは、格好はよかったですが、よく理解できないところ。その理由についてのルモンドの分析です。

Aznar, isolé contre l'opinion publique espagnole(2003.3.16)

アスナール首相はスペイン世論の反対の中で孤立している
今日はなんの日。推古36年(628年)3月18日、江戸浦で一体の仏像が投網の中から発見される。これが浅草の観音様です。江戸といえば今年は開府400年の年。東京はたったの400年の歴史かと馬鹿にしてはいけません。それから遡ること約千年、推古年間から既に人が住みついていたのだ。浅草の浅草寺もよいですがその隣の浅草神社がその古い時代の土俗的な面を表しているらしいです。

北の丸公園の写真を入れました。コブシはまだまだですが、カンヒザクラが見頃。モクレンももうすぐです。北の丸公園(2003.3.16)



2003.3.17 今日はなんの日。永井荷風、放水路の風景を発見。昭和11年3月17日、荷風は東京の風景の日に日に俗悪になっていくのに嫌気し、午後遅くたまたま浅草から東武電車で西新井に向かいます。そこで放水路を発見。この日の日記では:

「途上放水路の鉄橋を渡り、小菅を過るや、りゅう圃水田相つらなり、野水また屠々たるを見る。所々生垣を結ひ回らしたる農家あり。・・・・田園の風景甚佳なり。・・・・橋の南は荒川の放水路の堤防に接するを以て一望廣然、水天しょうぼうの観あり」

この風景がすっかり気に入った荷風はその後4回にわたり放水路を訪れ、翌月14日には「放水路」を書き上げます。茫漠たる放水路の風景の中に消え入りそうになってしまうひとりの孤独な老人の心情が見事に描写されている名随筆です。これで調子を出して秋には玉の井を舞台に圧倒的な名作『ぼく東綺譚』を書き上げます。この年荷風散人は57歳。世間からはすでに過去の人と見られていた老大家荷風の大ブレイクの年でした。



2003.3.16 ルモンド。イラク問題でフランスは原則の立場を主張し勝利しつつあるかに見えますが、ルモンドのコラムニスト、ピエール・ジョルジュはアメリカの感情的反発を過小評価するなと諫めます。前にも書きましたが頭に血が上っている人を「殿中でござる」と後ろから羽交い締めなんかすると、一生恨まれるのです。理屈ではないアメリカの「草の根」感情には昔から怖いものがありますね。

par Pierre Georges
La France paiera ! (2003.3.15)

フランスは代金を支払わなければならない!


今日はなんの日。英人ウイリアム・アダムス日本に漂着(1600.3.16)。家康は彼の知識を重用し三浦半島に領地を与え三浦按針との名前で家臣とする。今でも衣笠の近くに按針碑が残っています。結局彼は故国には帰れず日本で一生を送ります。

Mactoria の林さんのコラムで「関心空間」と言うサイトが紹介されており行ってきました。面白いですよ。HPと掲示板とチャットとメールシステムが一つに合体し相互リンクで増殖してゆく巨大な場所。デザインもいいし、興味深いコンセプトですね。1万人近くの人が自分の関心事をキーワードにわいわいやってます。キーワード登録をおすすめ。


2003.3.15 今日はなんの日。シーザー暗殺される(BC44.3.15)。場所はローマの元老院。その建物がまだ残っているのがすごいですね。ところで朝のテレビでアメリカのイラク攻撃軍の総司令官フランクス将軍がどっかでスピーチをやっている映像が出ましたがそれがケッサク。曰く「私の好きな本にこう書いてあった。ジュリアス・シーザーは将軍だった。(そのくせ)彼は長いスピーチをした。(で)彼は殺された」と言ってニンマリ笑っておしまい(その後ちょっとぐらい喋ったんでしょうがそこまでしかテレビにうつらなかった)。無言実行の人らしい。でも晩のNHKではABCのピーター・ジェニングスに聞かれてぺらぺらしゃべってた。やっぱりポーズかな。


ネットニュース記事のデータベース Queen の廃業で散人サイトからのリンクが切れている箇所をたくさん見つけました。Google 検索結果へのリンクは出来ないし、困ったな。取りあえずリンクの切れた箇所は削除しておきました。やはりきっちり残したいものはHP内に取り込まないと駄目ですね。


牛込・四谷周辺B級グルメ。最近坂道で息が切れるようになりました。で、このコーヒー店で休憩することが多いです。Bit Café 。息が切れるのとこのコーヒー店とどう関係があるかというと・・・まあ読んでください。



2003.3.14 荷風塾。学校通信 No11「荷風と月、『断腸亭日乗の驚くべき正確さ」を書きました。天体観測に於いても荷風は実に正確でした。以前日々雑記に東京大空襲のことを書きましたが、ちょっと手を加えて荷風塾に収録したものです。


植物観察。小石川植物園にもにもいよいよ春が近づいてきています。まだウメも楽しめますよ。写真を撮ってきました。小石川植物園(2003.3.13)


今日はなんの日。浅野内匠頭が江戸城松の廊下で吉良上野介を刃傷(1701.3.14)。頭に血が上ると前後のみさかいが無くなる人は今もいる。修行が足りません。


牛込・四谷周辺B級グルメ。「随園別館」と「港の定食屋さん」を加えました。


2003.3.13 今日はなんの日。上杉謙信死す(1578.3.13)。死因は「大虫」と公式文書に書かれている。「大虫」とは何か? 「婦人病のことである」と、これまた権威のある字引に書かれている。ということは上杉謙信は女性だったのか? 興味のある人は次のサイトを見てください。戦国質問箱


新宿御苑。
ボケが咲き出しています。ミツマタもきれい。ヤナギの若枝が垂れ下がっています。春がどんどん近づいてきている。うれしいな。きのう写真を撮ってきました(新宿御苑2003.3.12)。



2003.3.12 ルモンド。 イラク問題で「フランスは拒否権を行使するだろう」とシラク大統領が言いましたが、そのことに関するルモンドの社説です。アメリカに非常に気を遣っていること、またどうせアメリカは攻撃することになろうが、戦争後のイラク再建ではフランスは協力を惜しまないと言っているのが印象的です。

L'éditorial du Monde
Ferme et conciliant (2003.3.12)

社説「断固として、同時に協調的に」


視点「国際連合 (United Nations) と連合国 (United Nations)」
を書きました。イラク問題では日本の影が薄いですね。でも国際連合を中心とした世界秩序からして当然のことなのです。このことにフラストレーションを感ずる人は多いのですが、現実を直視せずに徒に自己満足的な思考を続けることは、非生産的であり有害ですらあると思います。「国連」と「連合国」が同じ英文名称だったことはご存じでした?


きょうは何の日東大寺のお水取り(二月堂の「おたいまつ」)の日です。いつでも思うのですが、よく火事にならないもんですね。


荷風塾。今日たまたま Yahoo/Google で「荷風」をページ検索すると10200件のヒットがありました。(「永井荷風」では7840件のヒット)。検索結果リストの一番上に表示されたサイト(ページ)はどこだったと思われますか? 両方のキーワード共に実にここの「荷風塾」だったのです! 正直うれしいです。皆様の日頃のご贔屓のおかげであり心から感謝申しあげます。



2003.3.11 ルモンド。アラブ諸国でフランス語学習が急速に回復しているとのことです。一時は植民地支配を思い出させるものとして拒絶されていたのですが、昨今はアメリカへの反発から昔のフランス語に復帰する動きが出てきているとのこと。国連安保理でのフランス外相の発言を見ると、やっぱり格好いいもんね。ある国家の国際的影響力とは人口、経済力、軍事力に加え「文化力」の関数ですが、「文化力」とは要は「格好の良さ」だから。

Le français, arme de contestation politique ? (2003.3.7)
フランス語は政治的異議申し立ての武器であるか?
きょうは何の日。上杉鷹山没(1822.3.11)。藤沢周平『漆の実のみのる国』の主人公ですね。重苦しい読後感でした。当時の米沢藩の状況は現代日本に似ている。でも無能な君主を追い出すという「コーポレート・ガバナンス」は機能したみたい。散人の読後感を書いたものがありました。視点(1997/8)

もう一つ。昭和10年3月11日の『断腸亭日乗』をみると、この日荷風はエリセーエフから彼が仏訳した『牡丹の客』を送られています。エリセーエフといえば漱石のロシア人の弟子で「神保町を空襲から救った人」とされていますが、荷風の翻訳もしていたのだ。『牡丹の客』を選んだと言うのはさすがです。あの時代の日本では「アンニュイ」をテーマにした小説は理解されないけれど、フランス語に訳するのであればやはりこれと睨んだ。荷風もうれしかったみたい。

What's New (日々雑記)の古いものは今まで一つの大きなファイルにしていたのですが、いくらなんでも大きすぎるので月ごとに分けました。日々雑記 Index が古いものの入り口となります。


2003.3.10 きょうは何の日。東京大空襲(1945.3.10)。死者10万人以上。永井荷風の偏奇館も炎上。当日の『断腸亭日乗』の記述は40年以上に渡る荷風日記のクライマックスと呼べる部分であり全部引用します。

<引用はじめ>
三月九日、天気快晴、夜半空襲あり、翌暁四時わが偏奇館焼亡す、火は初長垂坂中程より起り西北の風にあふられ忽市兵衛町二丁目表通りに延焼す、余は枕元の窓火光を受けてあかるくなり隣人の叫ぶ声のただならぬに驚き日誌及草稿を入れたる手革包を提げて庭に出でたり、谷町辺にも火の手の上るを見る、又遠く北の空にも火光の反映するあり、火星は烈風に舞ひ紛々として庭上に落つ、余は四方を願望し到底禍を免るること能はざるべきを思い、早くも立迷ふ煙の中を表通りに走出で、木戸氏が三田聖坂の邸に行かむと角の交番にて我善坊より飯倉へ出る道の通行し得べきや否やを問ふに、仙石山神谷町辺焼けつつあれば行くこと難しかるべしと言ふ、道を転じて永坂に到らむとするも途中火がありて行きがたき様子なり、時に七八歳なる女の子老人の手を引き道に迷へるを見、余はその人々を導き住友邸の傍より道源寺坂を下り谷町電車通りに出で溜池の方へと逃がしやりぬ、余は山谷町の横町より霊南坂上に出で西班牙公使館側の空地に憩ふ、下弦の繊月凄然として愛宕山の方に昇るを見る、荷物を背負ひて逃来る人々の中に平生顔を見知りたる近隣の人も多く打ちまぢりたり、余は風の方向よと火の手とを見計り逃ぐべき路の方角をもすこし知ることを得たれば麻布の地を去るに臨み、二十六年住馴れし偏奇館の焼倒るるさまを心の行くかぎり眺め飽かさむものと、再び田中氏邸の門前に歩み戻りぬ、巡査兵卒宮宅の門を警しめ道行く者を遮り止むる故、余は電信柱または立木の幹に身をかくし、小径のはづれに立ちわが家の方を眺る時、隣家のフロイドルスペルゲル氏褞袍にスリッパをはき帽子もかぶらず逃来るに逢ふ、崖下より飛来りし火にあふられ其家今まさに焼けつつあり、君の家も類焼を免れまじと言ふ中、わが門前の田島氏そのとなりの植木屋もつづいて來り先生のところへ火がうつりし故もう駄目だと思ひ各その住家を捨てて逃来りし由を告ぐ、余は五六歩横町に進入りしが洋人の家の樫の木と余が庭の椎の大木炎々として燃上り黒煙風に渦巻き吹つけ来るに辟易し、近づきて家屋の焼け倒るるを見定ること能はず、唯火焔の更に一段烈しく空に上るを見たるのみ、是偏奇館樓上少からぬ蔵書の一時に燃るためと知られたり、火は次第にこの勢に乗じ表通へ焼抜け、住友田中両氏の邸宅をも危く見えしが兵卒出勤し宮様門内の家屋を守り防火につとめたり、蒸気ポンプ二三台來りしは漸くこの時にて発火の時より三時間程経たり、消防夫路傍の防火用水道口を開きしが水切にて水出でず、火は表通曲角まで燃えひろがり人家なきためここにて鎮まりし時は空既に明く夜は明け放れたり、
<引用終わり>

何度読んでも凄い文章だと思います。驚く程冷静で正確です。ちなみにこの日空襲が始まったのは午前0時8分です。荷風は偏奇館が焼ける中で愛宕山に昇る繊月を見ていますが、暦で調べると、1945年3月10日の月出は午前3時8分(方位115度)で、月齢は25.4日です。まさに下弦の繊月(細い月)でした。方位115度もスペイン大使館から見て愛宕山の方角となります。時間も正確です。阿鼻叫喚の中でこれだけ冷静で居られた永井荷風という人物はやはりただ者ではないのです。


2003.3.9 きょうは何の日。フランクリン・ローズベルトによるニュー・ディールが始まる(1933.3.9)。この日特別議会が召集され、6月までの100日間の間にローズベルトは選挙中の公約した法案を次々と成立させてゆく。でもこれが有効だったのかどうかはよく分からない。結局、戦争が経済を恐慌から脱出させるのですが、長期金利が恐慌以前の水準に戻るのには1960年代まで待たねばなりませんでした。


サイト内全文検索
google 索引が2月9日時点で更新されました。まだちょっと不安定ですが(世界中のサーバー全部にデータが行き渡るまで時間がかかるらしい)二三日中には安定すると思います。


リンクに「医学都市伝説」を加えました。精神科の先生が書かれる日記や論評の数々。とにかく面白い! あっと驚く新発見が多々あるのでおすすめです。小生の「ルモンド記事抄訳」もお読み頂いているとのこと。先般のフロイトの記事の翻訳は用語なんかいい加減だったのに恥ずかしい。



2003.3.8 きょうは何の日。忠犬ハチ公死す(1935.3.8)。 毎日渋谷の駅前で主人の帰りを待っていた秋田犬ハチ公が路上で死んでいるのを発見された日とのことです。毎日來ていたのは駅前の焼鳥屋が目当てだったとの説もあるが、細かいことは言わない。エライのだ。猫はとてもこういう訳にはいかない。


ルモンド。「未来の兵隊」と題するとても面白い記事がありました。いくら飛行機やミサイルが進歩しても戦争を最終的に決するのは歩兵。歩兵の戦い方については、人間の本質に関するものであり、実に奥深い議論があります。散人も科学の進歩が歩兵やサラリーマンのチームワークのあり方に影響を及ぼすとの仮説を立てていましたが、この記事はそれを裏付けるものであります。散人がむかし書いた「21世紀型チームワーク」と企業理念 (1997/12)も読んでね。


でもとても悲しいことは、最新の科学技術の進歩があっても兵隊の仕事は決して楽にはならないと言うことです。「兵隊に楽をさせるためではない」とエライ人がいっている。戦後の技術進歩もおなじ。主婦は電気釜のおかげでたいへん楽することが可能になりましたが、お父さんの仕事はITの進歩で逆にきつくなっている。不条理です。


2003.3.7 きょうは何の日。ドッジ公使、日本経済安定策を示す(1949.3.7)。いわゆるドッジ・ラインです。構造改革を強いられた日本経済は大変な不況に突入しますが、幸い翌年に朝鮮戦争が勃発。特需のおかげで息を吹き返しました。でもこれが「改革先送り」につながったことも事実。戦前経済体制(40年体制)と決別する良い機会だったのにね。


実家の母親に、散人が子供の頃に撮った写真をスライドショーにして送りました(DVD)。スキャナーで取り込み、iPhoto にドラッグして iTunes の音楽を入れて、iDVD でDVDに焼く。これが iLife でシームレスに出来る。とても簡単。下手くそな白黒写真もテレビ画面で見るとなかなか良いもんです。何度も引っ越しを繰り返すうちに昔の写真がどこにあるのか分からなくなっていますが、これはたまたま見つかりました。もっとあるか探してみよう。


2003.3.6 ルモンド。夢のメカニズムについての大脳神経生理学者の最近の研究です。難しいけれどとても面白い。フロイトの理論が生化学的に裏付けられた格好です。夢というのは目覚める瞬間に見るものなのだ!

Peut-on rêver sans Freud ? (2003.3.2)

フロイトなしに夢を見ることが出来るか?

きょうは何の日。永仁の徳政令発令(1297.3.6)。蒙古との戦争の後で借金に首が回らなくなったご家人を救うため鎌倉幕府は本邦最初の借金棒引き令を発令します。これで味を占めて以後何百年に何度となく同じことをやり日本政府の伝統的お家芸となりました。インフレ・ターゲット政策も同じことなんだけれど、今の日銀はとても頭が固くて簡単にはいかない。

リンクのページ (People/Groups)美千代さんのホームページを加えました。立派なサイトで驚きます。散人も頑張らなくっちゃ。



2003.3.5 きょうは何の日。団琢磨暗殺される(1932.3.5)。團伊玖磨のお祖父さんです。それで急に思い出して、以前作りかけのまま放ってあった團伊玖磨の『パイプのけむり』INDEX をアップすることにしました。まだ未完成ですが、取りあえず第8巻まで。確か團伊玖磨がどこかで言っていたなあと探したい時は、この index を使ってキーワードで検索できます (html file)。残りがたくさんありますが、ぼちぼちやりますね。場所は適当なものがないのでとりあえず「Papers_site」に入れておきます。検索・分析に便利なエクセル(データーベース)ファイルのダウンロードはパブリックフォルダーからどうぞ。


ネットニュースでの議論を追加収録しました(靖国神社問題)。以前アップしたものですが、まだまだ議論が続いたので追加するものです。こういう問題では頭の凝り固まった人が多く議論は難しいですね。


マック。AppleScript はたいへん重宝であることを発見しました。AppleScript とはエクセルのマクロみたいなものですが、多くのフリーウエアがありますので完成品を利用することが出来ます。Microsoft の Entourage ととても相性が良い。Entourage で分類して抽出した多数のメール、ニュースを一瞬にして連続テキストに変換する AppleScript もあります。今まで一つずつテキスト変換していたのを考えるとたいへんな生産性のアップ。上の靖国問題のスレッドも散人発言部分だけを取り出して一瞬にして連続テキストデータに変換。便利だなあ。



2003.3.4 きょうは何の日。新円貨定まる(1870.3.4)。当時の1円は1ドルに相当した。その後日本政府は借金に借金を重ね円は下落を続ける。極め付きが第二次大戦後の超インフレで円は紙くずとなるが、戦後ようやく1ドル360円で再スタート。今度は一転して円高の歴史。後はデノミをすればほぼ元通り。万物は流転してまた元に戻るのである。



2003.3.3 きょうは何の日。日本橋が架けられた(1603.3.3)。長さ68メートル、幅7メートルの橋。以来、江戸の中心、主要街道の起点として親しまれてきたのだが、いまは首都高速の高架の下に隠れてしまっている。悲しむべきことです。

牛込・四谷周辺B級グルメに新宿1丁目の「マエストロ・グルメ」を追加しました。新宿1丁目と2丁目は人も少なく(寄りつかないのかな)穴場ですよ。


ルモンド。アメリカズ・カップ。スイスの「アリンギ」の勝ち。実に152年ぶりにアメリカズ・カップはヨーロッパに戻りました。17カ国から選りすぐった国籍の入り混じった最強のクルーメンバーとバイオケミカルで財をなした37歳の億万長者の実行力の勝利。ナショナリズムに凝り固まる時代は確実に去りつつある!



2003.3.2 きょうは何の日。ラブレーの「ガルガンチュア物語り」などが焚書に指定される(1543.3.2)。頭の固い人のお気に召さなかったようです。今朝のNHK「新日曜美術館」でブリューゲルをやってましたが、ラブレー同様、人間についてとても肯定的ですね。あの時代は面白い時代かも知れない。この年ポルトガル人が種子島に鉄砲をもたらします。


2003.3.1 きょうは何の日。満州国建国宣言(1932.3.1)。ことの是非の議論はともかく経済的に見ても割に合わない投資だった。資源と市場の確保と言うことであれば戦後の自由貿易体制の方がよほど効率的だったのだから。列強の植民地支配を見て羨望と嫉妬の感情から領土の拡大こそが富と力の源泉と考えたことがそもそもの間違いね。結果と原因を取り違えた。羨望と嫉妬に基づく行動はたいがい暴力的で生産的じゃない。

マック。注文した iLife(iDVD3) が届いたのでさっそく使用。旧バージョンの iDVD2 に較べ格段に安定していて使いやすくなっている。iMovie から一発でかつシームレスにDVD作成に移ることが出来るし速い。チャプタマーカー機能が特に素晴らしい。いままで項目毎にムービーファイルを分けていたのだが、そういう必要がなくなった。おかげで資料用ビデオのDVDによる整理がすすむ。鼻歌まじりにきょうもDVD一枚作成。

ルモンド。最近ルモンドを誹謗する本が出版され話題になっています。ルモンドの社説はスピノザの言葉を引用し憎悪に基づく行動はろくなことはないと説きます。岩波書店と朝日新聞を憎悪する連中にも同じことが言えるかも知れない。その憎悪の底にあるものはコンプレックスですね。嫌米感情も同じかな。

ルモンド社説「悲しい熱情」(2003.2.26)


以前の分は、日々雑記 Index をご覧ください。





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