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日々雑記
Index
2002.11.30 きょうは何の日。乃木大将の第三軍、旅順203高地を占領(1904)。機関銃と鉄条網に守られた要塞を攻撃するのですから、隊伍を組んだ歩兵の突撃はどだい無理な話であり、惨憺たる死傷者を出しました。でもこれで、歩兵の従来型突撃ででも機関銃に勝てるとの「誤った認識」が広がり、在来戦法が温存されます。これが欧州で第一次世界大戦の悲劇に繋がる。日本の場合はもっと遅れて第二次大戦までこれを続ける。部分的にあんまり頑張りすぎると、より大きな悲劇に繋がりかねないという一つの例です。
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索引が更新されました(11月5日データまで)。10月末までの「日日雑記、What's New」は "What New (old)"に移しました。
ルモンド。お宝のコレクションに熱中するのは東も西も同じようです。「鉛の兵隊」のお値段はどのくらいなのか、ご参考まで。
コレクター向けの鉛の兵隊人形展示即売会
(2002.11.29)
2002.11.29 きょうは何の日。ナタリー・ウッド死す(1981)。43歳でした。「ウエストサイド物語」をはじめて見たときは、心底衝撃を受けたものでした。
ルモンド。フランスでは、貨物船での船旅が流行っているようです。「貨物船に乗る」と題した乗船記。一度乗ってみたい。
2002.11.28 きょうは何の日。親鸞が死んだ日です(1262)。散人は宗教的な人間じゃないですが、親鸞や蓮如の言葉の力強さには打たれます。日本列島における最初の「スピーチ」用口語体が、あの時代に親鸞と蓮如によって工夫された。しかし、それ以来は明治時代に福沢諭吉が「演説」の重要性を説くまで、日本においては「スピーチ」技術は軽視されることになります。散人も大の苦手。
ルモンド。「ビストロに栄光あれ
(2002.11.27)」と題した記事を紹介します。ビストロという言葉の由来や、今も尚、昔のままのビストロは何処にあるのかなど、大変勉強になります。記事のスタイルもいい。
庭仕事。やっぱり植木屋さんに來て貰いました。プロの技には感心します。何事にも「先達はあらまほしけれ」。ヤマモモとモミジなど。
2002.11.27 きょうは何の日。鶴屋南北死去(1829)。ご存じ四谷怪談」の作者。でもモデルとなった田宮家のお岩さんは、本当はとても良妻賢母で、皆から慕われ、幸せな一生を送った人のようです。四谷の田宮神社の縁起に書いてありました。現代だったら名誉毀損とプライバシー侵害で裁判沙汰となったかも知れない。
ルモンド。犬の家畜化は東アジアにおいて最初に始まったとする研究結果が発表されました。これはすごいことです。地球上最初の土器も東アジアで(それも日本列島で)発掘されています。モンゴロイドは地球上で一番古い「文明人」なのです。(もっとも古いだけではあまり自慢にはなりませんが。シーラカンスの例もあるし)
(原文)Le
chien est devenu "meilleur ami de l'home" en Asie orientale(2002.11.24)
(抄訳)犬は、東アジアにおいて「人間の最良の友」となった
2002.11.26 きょうは何の日。1941年 ハル米国務長官が日本の野村駐米大使に「合衆国及び日本国間の基礎概略」(ハル・ノート)を手交。日本側の提案を拒否し中国からの撤退を求める。この時点ではもう日本が何をしようと戦争は避けられなかったですね。アメリカは腹をくくっていた。ボタンの掛け間違いは、もっと前に起こっていました。
ルモンド紙。ナイジェリアの暴動。ミス・ワールド・コンテストがきっかけでです。それでも美女達は栄光の求めてナイジェリアを目指す。勇気が有るというか怖いもの知らずというか、とにかく尊敬します。
荷風塾。「珊瑚集私註」に二つ加えました。「仇敵」、「秋の歌」です。
2002.11.25 ルモンド紙。先にご紹介した大西洋横断シングルハンドレース「ルート・ドゥ・ラム」では、実に26歳のイギリス女性が堂々一位でゴールしたとのこと。ルモンド紙の社説は彼女の偉業と的確な判断力をたたえています。「敵ながらあっぱれなり」と言うところ。彼女はモノコック(単胴艇)で参加。荒天のためにトリマランはほとんど全滅となってしまいました。ルモンド社説「エレンがラムを救った」をご覧ください。
きょうは何の日。神有月神事。八百万の神々が年に一度出雲に集まり一年の行事をお話し合いになります。その間、日本の他のところには神様がいなくなるので「神無月」となります。神の居ぬ間に洗濯でもしましょう。
2002.11.24 きょうは何の日。ダーウィンの『種の起源』がイギリスで出版される(1859)。ダーウィンがビーグル号航海から帰国後23年が経過している。考えに考えた上での出版でした。大変有名な本で、誰でもその内容を知っているつもりになってますが、実際にこの本を読んだ人はきわめて少ない(散人も読んでない)。でもこれを引用する人はとても多い。読まずにいいとこ取りする本の代表格ですね。
ルモンド。「ジョーゼ・ボーヴェに恩赦を」というルモンドの社説を訳しました。短くってやさしそうだったので選んだのですが、苦労しました。フランス語は難しい。
2002.11.23 きょうは何の日。樋口一葉死去(1896)。女性蔑視主義者と非難される永井荷風も樋口一葉だけはたいへん尊敬していました。彼女が若くして死なずに生き続けたら、その後どんな作家になったのだろうか、これは知的刺激に富む設問です。瀬戸内寂聴みたいに悟ったのかしらね。
ルモンド紙から。ロンドンエコノミスト誌がフランスの悪口を書いたら、早速ルモンドがやり返しました。ロンドンの貧富の格差と貧困問題を取り上げています。両方でいろいろ「批判的」記事を書くので、おかげで我々は、なかなか知り得ない勉強が出来ます。
A Londres, un enfant
sur deux sous le seiul de pauvreté (2002.11.20)
ロンドンでは児童の二人にひとりが貧困の境界にいる
(2002.11.20)
「珊瑚集私註」にボードレールの「暗黒」(荷風訳対照)を収録しました。「暗闇」というもについての捉え方が東西でちょっと違うような気もする。
2002.11.22 きょうは何の日。ケネディー大統領がダラスで暗殺される(1963)。あの時はショックだったです。最近になって、ケネディー大統領が在職中、ひどい腰の痛みで投薬と注射を毎日打つなど大変な健康状態にあったことが明らかにされています。激職だったんですね。合掌。
ルモンド紙から。パリの女性のインターネット事情です。「500 kb/sec」とは負けますねえ。今スピードテストをすると散人のマックの接続スピードは、69
kb/sec だった。500 kb/sec に較べると遅いけれど、これで充分。500 kb/sec で繋いで何をするのだろう。
(原文)Les femmes à grande vitersse sur
Internet (2002.11.20)
(抄訳)高速通信でインターネットをする女性たち
2002.11.21 きょうは何の日。ナポレオンの大陸封鎖令を発す(1806)。トラファルガー海戦でイギリスに負けた仕返しだが、イギリス、大陸諸国ともにおかげで経済的に行き詰まる。遂にロシアが辛抱できなくなって勅令を破りイギリスに農産物輸出を再開。それがナポレオンのモスクワ遠征と敗退につながる。ナポレオンは、いわば自分の首を自分で絞めたようなものだった。
ルモンド紙より。今日はフランス料理のお話し。ディジョンで開かれる「食」についてのシンポジウムなどについて。やけに理屈っぽくって訳すのに苦労しました。「たかが食べるもんじゃろうが、理屈はこねるな」というようでは、散人はまだまだ食の修行が足らない。でもまたまたとんでもない新料理が流行りだしたようで面白いことは面白い。どんなものかは読んでのお楽しみ。
(原文)Le mangeur du XXIe siècle (2002.11.19)
(抄訳)21世紀の食生活
2002.11.20 きょうは何の日。西宮神社えびす市。「えべっさん」で知られる賑やかな祭りだ。小学校の頃は楽しみにして見物に行ったものだが、うちの家はへんに厳格な家で、子供にお小遣いをくれなかった。だから香具師が売る駄菓子も指をくわえてみているしかなかった。それでも楽しかった。
ルモンド紙の紹介。11月16日付のロンドン・エコノミストがフランスについて二つの批判的な記事を掲載
("A magic moment", "The French exception")。このルモンドの記事はその紹介と、それに対する皮肉たっぷりの反論。イギリスとフランスは歴史的に「敵同士」。お互いの悪口を盛んに言いあうのが面白いところ。でも基本的なところでお互いを尊敬し合っている。日本もそういう関係を近隣諸国との間に築き上げないといけないのでしょうね。
"The Economist" fait le portrait d'une
"France divisée" (2002.11.18)
エコノミスト誌が描く「分裂したフランス」の肖像
2002.11.19 きょうは何の日。小林一茶死す(1827)。晩年の一茶は、親族との家督争い、家族の不幸などが重なり、雪国での不幸な生活を送った。一茶の句に見られる自虐趣味の背景にはこういう事情がある。句を作ることで逆境の中で己のまわりに小さな幸せの世界を構築したのだ。日経新聞で「幸福とは、己を主張しようともしないし、他人を挑発しようともしない。いわば無言の智恵であろうが、そういうものも亦大思想であると考える事が、現代では、何と難しい事になったか。」との小林秀雄の文章を秋山駿が引用しているが、含蓄の深い言葉である。
北の丸公園で買ったばかりの雑誌を読みながら午後を過ごしました。11月になると東京においても太陽は相当低い位置となるので、光線が一変します。何もかもがくっきりと浮かび上がり、あたかもヨーロッパの夏のような風景。雑誌は荷風特集。至福とまでは行かなかったけれど、相当幸福でした。幸せとはあんがい簡単なことなんですね。
ルモンド紙より。グローバリゼーションの歴史的意味について。各学者が見解を披露しています。いい記事です。
(原文)La planète est toujours un village
(2002.11.14)
2002.11.18 ルモンド紙より、今日はシャーロック・ホームズについて。作者ドイルは聖書から多分に影響を受けたとするバチカン関係者の新説が発表されたとのこと。先日ご紹介したアルカイダの話しといい今日のホームズの話といい、誰もが「本家はうちだ」と我田引水したくなるもののようです。笑えます。
『珊瑚集』私註。二番目の詩「憂悶」(ボードレール)を加えました。荷風がどうして憧れのパリであんなに元気がなかったのか考えます。
きょうは何の日。東京電灯会社による配電事業が始まる(明治20年)。東京電灯会社とは言わずと知れた後の東京電力。当初の点灯数はわずか138個にしか過ぎなかった。その時から東京電灯会社の株を買っておけば大儲けできたでしょうね。
2002.11.17 視点「デフレから脱出するための具体策」と題して視点コラムを書きました。先月の「視点」でマルクスモデルを使ってデフレスパイラルの原因究明とその対策を考えてみたけれど、ちょっと評判が悪かったみたい。お給料を減らせとは何事ぞとの苦情が寄せられました。だから利害関係者は困るんです。経済の議論は私利私欲を離れてやらねばならないんですがね。でもたしかに純粋理論的(悪く言えば知的遊戯的)な議論だったことは認めます。今回はもうちょっと具体的に何をするべきか考えてみます。三つあります。
きょうは何の日。スエズ運河開通(1869)。フランス人レセップスによる10年に渡る大土木工事。これでヨーロッパとアジアの距離は飛躍的に短縮された。でも興味深いことに、インドからイギリスにお茶を運ぶ主役は、スエズ運河開通以降も喜望峰をまわる帆船だった。当時の帆船(ティー・クリッパー)の帆走能力はすさまじく、すごいスピードが出た。汽船の性能が悪かった当時は、インド洋の強風を利用して豪快に飛ばす帆船の方がヨーロッパに早く着いたのだ。毎年その年のお茶を誰が一番に持ってくるか国民全体が注目する中、帆船によるお茶輸送レースが行われた。帆船「カティーサーク」伝説もこの時期に生まれる。伝統の長さと重みが違うので日本はアメリカズ・カップになかなか勝てない。
ルモンド紙より、今日は老人向け住居サービスについて。フランスではどういうシステムになっているのか気になって読んでみました。老人ホーム施設(というより高齢者用マンション)は、日本よりかなり安そうです。また家政婦サービスの無料チケット(週8時間)がもらえるとは結構有り難いですね。
2002.11.16 きょうは何の日。玉川上水完成(1653)。幕府から工事を請け負った玉川兄弟は、予想以上の難工事に請負金額では工事が出来ず、家屋敷を売り払ってまで工事を進めた。褒美として士分を与えられたというが「別件」での補填を期待できない昔の土木工事はリスクが高かった。いまのゼネコンは恵まれていますね。
ルモンド紙。ビン・ラディンはSFに影響されてアルカイダ運動をはじめたとする「SF的新説」が出てきました。笑えます。SFの読み過ぎはいけないですね。
荷風塾。「『珊瑚集』ー私註」というページを作りました。荷風の翻訳詩集『珊瑚集』の訳詞に原文を対照させたものです。翻訳に当たっての荷風の工夫がよく分かり面白いですよ。若干の注と感想も加えました。一つずつゆっくりやっていきますから、気長にお楽しみください。第一回はボードレールの「死のよろこび」です。
2002.11.15 きょうは何の日。坂本龍馬が京都で暗殺された(1867)。散人は勉強不足で坂本龍馬の偉いとことろが今一つ分からない。とにかく幕末の志士ですね。三年後(1869)同じ日に大村益次郎(この人の業績はすごいと思う)が同じ京都で襲撃され死亡しました。偶然の一致は面白い。
ルモンド紙といえば左派の知識人の新聞という偏見があったのですが、改めました。アンティル諸島への援助政策を論じたこの社説ではとてもいいことを言っています。これは他の国にも、他の分野にも十分通用する意見じゃないかしらね。日本の公共事業政策や農業政策にも・・・。
(原文)L'éditorial du Monde
Les Antilles
en danger (2002.11.12)
(和訳)ルモンド社説
アンティル諸島は危機に直面している
2002.11.14 きょうは何の日。浜口首相狙撃される(1930)。浜口内閣(蔵相井上準之助)は、石橋湛山などの良識派エコノミストの反対を押し切り、金解禁・財政緊縮・産業合理化などのデフレ政策を強行。未曾有の大不況を日本にもたらす。国民の反感は極度に高まり、この日浜口首相がテロリストにより狙撃された(翌年死亡)。現在の状況は当時に酷似している。「日本人が暗殺を好むのはヤマトタケル以来の伝統」(永井荷風)。それは今も変わっていない。政治家は気を付けた方がいいと思う。
ルモンド記事の紹介。今週の月曜日(11月11日)は第一次大戦休戦条約締結の日だったですね(1918年)。ルモンド紙は当時の軍人でまだ生きている方のインタビュー記事を載せています。106歳の方ですが頭はしっかりしていて話が面白いし、何よりの当時の戦争の雰囲気を物語るものとして、とても興味深い内容です。読者オンライン人気投票でもこの記事が一位となっています。
(原文)De
fer, de feu et de boue (2002.11.11)
(抄訳)鉄、砲火、それに泥
2002.11.13 きょうは何の日。将軍綱吉、中野に犬小屋を設ける(1695)。綱吉は当初犬小屋を余丁町の隣の若松町(いまの第八機動隊のところ)に設けていたが手狭になり、この日中野に16万坪の犬小屋を新設し犬を移動させた。ピーク時には数十万頭の犬を収容。餌には米を食べさせたが年間八万石に上った。中野の犬小屋の後はいまは警察大学校となっている。若松町の第八機動隊といい中野といい、犬小屋の後がいずれも警察施設となっているのが面白い。
ルモンド紙から、今日は再びパリの話題。セーヌ川の底にはいろんなものが眠っているというお話し。その中に出てくる「カロース型馬車」についてちょっと調べてみました。訳注として書いておきます。
(原文)Sous
les ponts de la Seine...(2002.11.8)
(和訳)セーヌの橋の下には・・
2002.11.12 きょうは何の日。南極でスコット隊遭難(1912)。南極点一番乗りをアムンゼンとスコットが争った。でもスコットがようやく南極点に到着したとき、そこにはすでにアムンゼンのノルウェーの国旗がたなびいていた。帰還の途中スコットは凍死。この日に凍死体が発見された。スコット隊の失敗の原因は、アムンゼンは犬ぞりを使ったがスコットは耐寒性のあるというスコットランド馬を使ったことによる。馬は早々に死んでしまった。エスキモーが馬を使っているのは見たことがない。「郷に入らば郷に従へ」を無視した。
きょうのルモンド記事。ヨットの話題です。大西洋横断トリマラン単独レース「ルート・ド・ラム」は聞きしにまさる大変なレースのようです。極限まで船を軽く造ってあるのでとにかく事故が多い。強風より中風がむしろ怖いというのは如何にキチガイじみた船であるかということ。日本の新聞ではヨット関連はほとんど報道されませんが、ヨーロッパではまさに国民的なスポーツです。
(原文)Les
grands multicoques fascinent le public et "stressent"
les skippers (2002.11.09)
(抄訳)巨大多胴型セーリングヨットは人々を魅惑させるが、スキッパーには「ストレス」を与える
2002.11.11 きょうは何の日。サンフランシスコの象徴である金門橋が完成(1937)。長大橋というものは人間の夢をかき立てるものだ。みんな真似を始めた。でも本四に三本も橋を架けるのは幾らなんでもやり過ぎだった。巨額の建設費はもちろん、石橋とかPCコンクリート橋と違って鋼製の吊り橋は莫大なメンテナンス費用がかかる。誰かが払うと思っていたらしいが、結局は誰も面倒見てくれなくなった。長大橋に限らず、巨大土木事業ってのは日本の風景を著しく醜くしましたね。昭和天皇がおっしゃった「山はあるべくしてあり、海はあるべくしてある」という言葉が思い起こされます。
ルモンド紙の紹介。きょうは「隠された自然の宝庫、パリ」と題してパリに動物がやたら増えているというお話し。ペットが逃げ出したりするのは東京と同じですが、ヴァカンスが関係するのは面白い。あれだけ広い緑地があれば、そりゃあジャングルになりますね。
2002.11.10 きょうは何の日。ランボー死す(1891)。この天才詩人は21歳で詩を捨ててアフリカで商業に従事。最後に残した文章は妹に口述させた仲買人宛の手紙。手紙には商品として捕獲した象牙の数量の報告なのだろう「牙二つ」と書いてあっただけ。ランボーは言葉を失っていた。稀代の文人荷風も40年間書き続けた『断腸亭日乗』の最後の言葉は「祭日。陰」という簡単なもの。老いることは悲しい。でも言うべきことは全部言ってある人はこれでいいのかも知れない。
最近勉強していないのですっかり忘れてしまったフランス語の手習いのために「ルモンド」紙を読むことにしました。オンラインで毎日読むことが出来ます(Le Monde.fr)。面白い記事があれば抄訳してご紹介することにします。第一回は「ワサビ」について。原文にもリンクを貼っていますので翻訳間違いなどをご指摘いただければ幸甚です。字引を引きながらのたどたどしい翻訳ですがご容赦ください。
2002.11.9 きょうは何の日。野口英雄生まれる(1876)。キュリー夫人のように寝食を忘れて研究に打ち込んだ医学者だがノーベル賞はもらえなかった。黄熱病は「ウイルス」で伝染するのに「病原菌」を見つけようと見当違いの方向で努力をしていたから。ほかの多くの業績もいまから見れば評価は低いという人もいる。でも今度日銀券5000円札の表を飾ることになった。日本は結果ではなく「過程と努力」を評価する国だから、みんな納得している。
家内が作っている日本日仏家族会会報(Bulletin
de AFJJ)をホームページに入れてあげることにしました。取りあえず最近の二つを収録します。
2002.11.8 きょうは何の日。1519年
のこの日、コルテス軍はいよいよ湖上に浮かぶアステカの首都テノチティトランに向け進軍開始。兵員わずか300人。コルテスは乗ってきた11艘の船を海岸で焼き退路を自ら断って全員に決死の覚悟を示す。いったんはアステカ王を人質に取るものの、アステカ人は直ちに別の王様を擁立し数万の軍勢で逆にコルテス軍をテノチティトランに包囲。コルテス軍は信じられないような力を発揮して血路を切り開き脱出。体制を整え再び反撃に出る。この経緯はベルナール・ディアス『コルテス従軍記』に詳しい。当時のスペインは上り坂にありスペイン軍はめちゃ強かった。結果としてアステカ文明を破壊し尽くしたんだけど、アステカ文明とは宗教行事として連日集団殺戮を繰り返す怖い文明であったことも事実。毎朝ピラミッドの上で人間の生け贄を捧げないと太陽が昇ってこないと信じてたの。時には一日に数千人の生け贄を捧げたというからすごい。生け贄が足らなくなると戦争して捕虜を捕まえる。昨今、文化のグローバリゼーションに反対する人たちの考えもわからんでもないけど、アステカ文明がグローバル化に抵抗していまも残っていたらまわりの人はとても困ったことになっていたでしょうね。いつの時代でも変なのは居るのです。
2002.11.7 きょうは何の日。キュリー夫人生まれる(1868)。ポーランド生まれの貧しいユダヤ人の娘は、大志を抱き単身パリに出てくる。ひどい貧困と偏見、それに度重なる不幸に耐えながら、刻苦勉励の末、遂にラジウムを発見。ノーベル賞を二度にわたり受賞するのです。こういうお話しはとっても日本人好みで、散人も日本人だから単純に感動します。でも、こういう若い才能を引きつけ更に(一部に偏見があったとはいえ)才能を開花させる力こそ世界都市パリの凄さ。そういう点にむしろ感動します。東京にはそれが欠けているように思えてならない。
偶然、荷風の『ぼく東綺譚』についてのいい論文を発見。じつに野辺りえこさんという女性の方の卒論です(学校は関西にあるようです。灘高の近くじゃないかな)。若い女性の方がこれほどまでに荷風を勉強されていることに感動しました。参考文献がすごいですよ。
高野連(全国高校野球連盟)の会長が交代。前会長は91歳、新会長は70歳とのこと。高校野球は子供の野球なので実に詰まらない。それをNHKは延々と放映する。そういう仕組みを維持しているのがこういう「老害」連中。「おめえらほんまに何やっとんやー、ええかげんにさらせえ」と言いたくなります。
2002.11.6 きょうは何の日。ロシア11月革命起こる(1917)。レーニンの指導するボリシェヴィキが武装蜂起。レーニンはとても偉い人だったけれど、どうしても感心しないのは後継者の選定。スターリンを選んでしまった。スターリンは対人関係は抜群だったけれど実際はとんでもない人間で、おかげでたくさんの人が死にました。
荷風についてのお話しをするメーリングリストを見つけました。「k生」と云う方が運営されています。バックナンバーを読みますと同氏の荷風に対する熱い思いが伝わってきます。早速、荷風関連リンクに加えました。登録、登録。
2002.11.5 きょうは何の日。大正6年11月5日、余丁町に住んでいた永井荷風の日記『断腸亭日乗』には、「晴。山茶花開く。菊花黄紅紫白の各種爛漫馥郁たり。八つ手の花もまた開く。午後水仙蕃紅花の球根を地に埋む。」とあります。
うちのサザンカ(山茶花)もちょうど一輪開いたところ。偶然ですね。地球温暖化といわれますが、大正6年からそう気候は変わっていないようです。でもうちの八つ手の花は一向に咲かない(ネギ坊主みたいな奴ですよね)。日当たりが悪いのかな。荷風は「水仙の球根を埋める」と書いてますが、ちょっと遅いんじゃないかしら。うちでは夏に古くなった球根を掘り出して除去したのですが、地中にまだ残っていたらしく、いま茎が地上にどんどん伸びてきています。荷風が言う「蕃紅花」とはクロッカス(サフラン)のこと。結構ハイカラなものを植えていたんですね。
「にわか隠居の庭仕事」にヒメリンゴ、サルスベリ、サザンカを加えました。「牛込・四谷周辺B級グルメ」にラインガウ、丹沢、四万十、くらち、ミュン、万世を加えました。
2002.11.4 きょうは何の日。作曲家フォーレ死す(1924)。パリの音楽学校の教授を長年務めたため作曲をする時間がとれず、作曲を始めたときにはすでに老年期に入っていました。しかしとても洗練された美しい音楽を多く残しました。人生に遅すぎるということはないのです。勇気づけられますね。
近況報告「秋のお便り」を書きました。早いものでもうとっくに夏は終わって秋もたけなわとなりました。暑い間は外出がおっくうでしたが、ようやく出歩くようになりました。もっぱら「東京街歩き」です。
2002.11.3 きょうは何の日。崇峻天皇暗殺される(592)。またしても古代史だが、いろいろ事件が続いた時代。蘇我馬子が擁立した崇峻天皇は傀儡の立場なのに徐々に政権欲を持ち始める。天皇は献上された山猪を見て「いつかあの厭なやつ(馬子)の首をこの猪みたいに斬ってやりたい」といい、それを聞いた馬子が部下に命じて天皇を暗殺してしまった。臣により天皇が殺されたのは日本史でこれが唯一の例。でも豪族をまとめる蘇我馬子の政治力はすごく、この事件によっても諸豪族のまとめ役としての蘇我氏の正統性は揺るぐことはなかった。
2002.11.2 きょうは何の日。1945年の今日、GHQ財閥資産凍結、解体を指示。戦争前から日本の「革新官僚」たちがやろうとしても出来なかったことをGHQが一挙にやった。財界は資本主義に於いては「私有財産は神聖」と抗議したが聞き入られなかった。さらに公職追放で1500人以上の企業幹部が職を失う。財産とか学歴キャリアなんてものは所詮こういうもので、征服されたり革命が起こったり恐慌なんかがあると全くの水泡に帰すような頼りにならないものなのだ。ユダヤ人は何度もこういう目に遭っているから、財産は国際分散し国内の残すお金も自分や家族の全天候型資質形成に投資する。これなら持ち運びも簡単だし、いかなる国家権力も恐慌もそれを国民から奪うことは出来ない。歴史的な長さに達した現代日本の不況(恐慌)に生き残ることの出来るのは、結局こういう資質の持ち主なのであろう。
2002.11.1 きょうは何の日。蘇我入鹿、聖徳太子の子の山背大兄王を襲撃、自殺に追い込む(643)。蘇我氏と天皇家の関係はとても興味深い。蘇我氏の考え方は「天皇機関説」の走りとの見方もある。でも三代目の入鹿は権力に奢りすぎた。それを見ていて危機感を深め密かに決意を固めた男が居る。中臣鎌足(藤原鎌足)だ。蘇我氏に不満を持つ中大兄皇子に近づき、蘇我入鹿を倒すクーデター計画を緻密に克つ迅速にすすめていく。
Apple QuickTime
6 をダウンロードした人は発表後100日で2500万人に上ったとのこと。ダウンロードしながら同時に(待たずに)ムービー・音楽を楽しめたり、よくわかんないけど何でもスペックが最新式らしい。WIN
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