Letter from Yochomachi Top Page (iBlog)    


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余丁町散人(橋本尚幸)
naoyuki_hashimoto@mac.com
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日々雑記 Index


2002.9.30 きょうは何の日。遣唐使廃止。7世紀から9世紀にかけて遣唐使は16回派遣されましたが、894年(寛平6)大使に任命された菅原道真が唐の擾乱、航海の困難などを理由に停止を建議し、それが承認され遣唐使の制も廃絶されることになりました。菅原道真は頭のいい人だったからリスクに見合うリターンがないと判断したんでしょうね。それにつけても思うのは当時の日本の船のお粗末さ。遣唐使の派遣のために国家プロジェクトとして膨大な国費を投入し巨大な船を造るのですが、キールなしの平底船で、いかにも脆弱だった( )。同時代のヴァイキングの海賊船が質素だけれどすばらしく頑丈で遠洋航海に向いていたのと較べると悲しくなります。お上が推進する科学技術プロジェクトというのは、今も昔もだいたいこんなもんです。


日本語変換ソフトをATOK15 にアップグレードしました。OS 10.2 で安定した使い心地です。こういう毎日使うソフトは Heavy-duty で確実なのが一番。辞書もでかいし、関西弁でもいいのも可愛い。言葉を間違うといちいち指摘するのは憎たらしいけど。漢字検索で出てくる漢字の数が少ないのでサポートに電話かけて聞くと漢字検索ではフォントを「ヒラギノ」と指定するとのこと。たしかに「ヒラギノ」だったら全部表示されました。でもデフォルト設定が「勘亭流」とはこれ如何に。冗談が多いですね。


もう一つ。ビデオ映像の取り込みのために Canopus ADVC-100 を買ったことは先にご報告の通りですが、これでテレビも見られることがわかりました。マックでテレビを見ながら、気に入ったところだけデジタルで取り込めます。東京12チャンネルで新しい丸ビルのイタリアレストランの紹介がありましたので早速映像を取り込んでみました。 Antica Osteria del Ponte です。iMovie で粗っぽく編集しましたが御笑覧ください。


2002.9.29 きょうは何の日。
エミール・ゾラ死去(1902)。一酸化炭素中毒でした(他殺だったかも知れない)。ドレフュス事件で大統領宛の公開状『われ弾劾す』を書いたのは1898年。言葉がいかに強い力を持つかを示す文章でした。永井荷風は大逆罪で検挙された幸徳秋水の囚人馬車を見ながら自分がゾラのような果然とした行動をとれないことに絶望し「江戸戯作者」への道を選択します。荷風が秋水の馬車をどこで目撃したかについては散人の考察をご参照ください( 荷風塾No3 )。


2002.9.28 
きょうは何の日。パストゥールが死去(1895)。細菌の発見者。低温殺菌のことを英語/フランス語で "pasteurization" といいますが パストゥールから来た言葉です。明治時代多くの日本の衛生学者がフランスに留学したのはパストゥール研究所の評判から。いま低温殺菌した牛乳をおいしく飲めるのも彼のおかげです。


スズメの映像
を入れました。鳴き声が可愛いです。

2002.9.27 きょうは何の日。
1940年9月27日、日独伊三国同盟締結。これで戦争突入が決定的となります。なんと馬鹿なことをと思うんですが、当初反対していた海軍と外務省も世論のバックアップを得た陸軍と松岡洋右に押し切られてしまいます。世論がどうして三国同盟締結に動いたかですが基本的には「英米中心主義を廃すべし」という感情的なもの。気持ちはわかるんだけど気持ちだけで動いたら駄目ですね。


オナガの映像 を Movies/Musics サイトに上げました。うちにもカキが食べ頃になるとやってきます。


Google が索引の更新をしてくれました。「 サイト内全文検索 」の検索対象の最新データは8月30日分です。最近の一ヶ月分については What's New をご参照ください。


2002.9.26 きょうは何の日。
1954年9月26日、青函連絡船洞爺丸が転覆、乗客乗員1200名弱が犠牲になった。信じられないような事故だった。台風の中で出航判断をした船長の過失と断定されたが、乗客も船を出せと相当いきり立っていたらしい。現に出航しなかった別連絡船の船長は乗客からつるし上げを食っていた。当時の日本人はまだまだ血の気が多かったといえるが、リーダーには多数の力に屈しない孤高の精神力が大切だと思う。


窓際のキンモクセイ が咲きました。花は小さいのですが薫りがとても良い。


2002.9.25
 きょうは何の日 。769年9月25日、宇佐から道鏡を次の天皇にしてはいけないとの神託を持ち帰った和気清麻呂は、称徳女帝に名前を「キタナマロ」と改名させられ大隅に流されます。気に入らない相手には自分に都合のよい「レッテル」を貼るというのは今も昔も女性の特技かしら。おっと怒られるから訂正。男にもそんなのが居ます。


明治41年9月25日。亡くなった父が富山県高岡で生まれた日です。「 父のこと 」と題した小文を雑稿サイトに載せました。


庭のザクロが色づき始めました。 柘榴の実の写真 をアップしておきました。


2002.9.24 きょうは何の日 。明治10(1877)年9月24日、西郷隆盛は城山に自刃。歳51。竹橋の公文書館でこのときの現地からの電報原本を見たことがあります。明治維新から十年にして鹿児島から東京まで電信用に電線が引かれていた事実には驚きました。近代国家の基盤は通信網にあると見抜いていた明治政府はやっぱり偉かった。


「秋暑未去らず。終日筆硯に親しむ」、永井荷風『断腸亭日乗』大正9年9月24日の記述です。きょう、朝方は肌寒かったですが、午後からは「秋暑」。


Movies/Musics に カラスの映像 を入れました。散人はカラスが好き。


2002.9.23 Movies/Musics サイトに ジョウビタキ の映像を入れました。映像はNHKからの借り物ですが都心でもジョウビタキが観察できたのは事実です。鳴き声も聞こえますよ。

きょうは何の日。1973年9月23日、アルゼンチンでペロンが大統領に再選されました。その年にペロンは追放先のスペインから帰国。散人はちょうどそのころ現地にいましたが、アルゼンチンはあたかもエルバ島から帰ったナポレオンを迎えるような大騒ぎでした。当時のアルゼンチンは世界有数の福祉国家で、勤労者の生活水準は実感で日本の約二倍という豊かな国でしたが、さすがに落ち目になりつつあり、国民はペロンの指導力による局面打開を期待したのです。でもポピュリズムを基盤とするペロンの政策は、結局のところ国際競争力のある産業(アルゼンチンの場合、農業・牧畜)からお金を吸い上げ、国際競争力のない産業(製造業と労働組合)に利益誘導するというばらまき政策でした。ペロンの政策は再び挫折し、アルゼンチン経済は決定的に疲弊を続けていきます。過去30年の日本も、形こそ違え、同じ過ちをしてきたように思います。


2002.9.22 きょうは何の日 。1868.9.22、会津藩はとうとう長州軍を主体とする官軍に降伏開城しました。戦いは相当血腥く、会津の人は今に至っても長州人に対する独特の感情をお持ちのようです。明治100年の際、山口市と会津若松市の間で昔のことを忘れようとの趣旨で記念行事を行おうとの話が持ち上がりましたが、会津若松の反対で取りやめとなったとのこと。われわれはは往々にして「日本人は淡泊で過去のことは水に流して根に持たない」と言いますがそんなことはないです。自分が被害者となると簡単には忘れない。忘れたり水に流そうというのはたいてい加害者の方です。国際情勢を考えるうえでも大切な視点ですね。


2002.9.21 「東京で観察できる野鳥たち」をぼつぼつご紹介して行こうかなと思います。第一回は ヒヨドリ 。iMovie です。さすがに夏の暑いうちは姿を見せないですが、もうそろそろ現れる頃。うるさいけれど楽しみです。


アナログ映像のコンバーター ADVC-100 を買いました。OS10.2 ではマック本体を後から再起動させないと接続を認識せず、ちょっととまどいましたが、今朝配布が始まった OS 10.2.1 ではその不具合が修正されています。いろいろ便利です。


きょうは何の日。フェノロサがロンドンで客死しました(1908.9.21)。日本画が今日あるのは彼のおかげです。 フェノロサが日本画をどう発展させたかについて面白いページ を見つけました。京都のすばらしさを発見した人でもありました。


2002.9.20  「荷風塾」学校通信No7 を書きました。三ノ輪の浄閑寺にある荷風碑にミスプリントがあることを川本三郎氏が発見されています。でももともと誰が間違えたのか。調べてみるといろいろ奥が深いことがわかりました。散人も暇だねえ。


きょうは何の日
。1519年9月20日、マゼランは世界一周航海に出発しました。コロンブスの航海よりはるかに難しい航海でした。新大陸には太平洋に抜ける海峡がある筈だというのは、コロンブスが賭けた地球が丸いという賭より遙かに冒険的な賭でした。当時の帆船でホーン岬まで行けばほぼ確実に難破したでしょうし、あの狭いマゼラン海峡を発見できたというのはほとんど奇跡です。パタゴニア、ティエラ・デル・フエゴには行ったことがありますが、猛烈な風と寒さ以外にはまったく何もない世の果てと言ってもよいような荒涼とした地です( 写真 を見つけました)。当時のイベリア半島の人たちのヴァイタリティーと勇気には敬服せざるをえません。


2002.9.19 牛込四谷B級グルメにラーメン「 第二旭 」を入れました。我が家のごく近所、住吉町にある究極のボロ店ですが妙に昔懐かしい味がします。誰も入ろうとはしないようなお店ですがインターネットではずいぶん話題になっているので驚きました。物好きな人が多いんですね。


きょうは何の日。正岡子規が亡くなりました(1902.9.19)。死の直前の日記『 病床六尺 』には鬼気迫るものがあります。生きたいとする執念が強かったのか、或いは生きているとの証が欲しかったのか、死の床にある子規は激痛に耐えながらも食に執着します。死ぬことは悲しい。


2002.9.18 小泉・北朝鮮訪問。とてもよかった。歴史的と言っていいんじゃないかしら。これでようやく日本の戦後処理は完了することとなります。巨額のODAが必要になってきますが、ODAはトータルの枠で管理すれば日本経済には負担にならないし、用途についても管理する手段はあるんじゃないかしら。とにかく膠着状態を日本のイニシャティブで打開できたことは画期的。小泉、よくやった! 感動した! 


きょうは何の日
。反穀物法協会の設立( 1838.9.18)。国内農業保護を目的とする穀物法により長らく苦しんでいたイギリスの一般消費者・産業資本家の代表は、この日、マンチェスターにて反穀物法協会を結成。地主・富農に対する戦いを開始しました。これは全国的に熱狂的な共鳴を呼び、やがて1846年に穀物法は廃止されます。産業は活性化され、一挙にイギリスは世界一富裕な国となって行きます。日本ではこういう対立軸がいっこうに表面化しないのは、何故なんでしょうね。


マックについてきた iPhoto というソフトはいろんなことが出来るので楽しいです。スライド・ショーに音楽を入れてHPにアップできます。知らなかった。試しに Cat on the Roof というショーを作りました。短いですがお楽しみください。曲はビル・エヴァンスのアルバム「ワルツ・フォー・デビー」より選びました。


2002.9.17 きょうは何の日。日清戦争、黄海海戦(1894.9.17)。日本の連合艦隊は清の北洋艦隊を破り、日本の勝利を決定付けます。「眠れる獅子」と恐れられていた当時の「超大国」清はこれを境として急速に下り坂を転げ落ちていきました。経済力、文化で圧倒的に優位にあった清がどうして新興国の日本に敗れたのでしょうか。西太后が軍事予算を削り建艦競争において日本の追いつきを許してしまったことが敗因とされています( 岡崎久彦『陸奥宗光とその時代』 )。黄海海戦当時の両国の海軍力は性能を加味すると日本の方がむしろ上だったとのこと。老大国が元気のいい新興国の挑戦を退けるためには物量で相手を圧倒しておくことが必要です。物量が同じであれば「まだ沈まぬや定遠は」の歌にあるような勇敢な兵士で構成される日本軍の方が当然強くなるわけ。今や 経済戦争において追われる立場となった日本として心しておかねばならない教訓だと思います。


リンクに「 葉南あきこのホームページ 」を加えました。今年デビューされた新人作家です。ヤフーサイト登録の「同期の桜」でもあります。応援してあげてね。


2002.9.16  散人の映画(処女作ですぞ!) をアップしました。うちの猫の動画とスライドに音楽を加えたもの。場所は iMovies/Musics のサイト。息子のCGにはとてもかなわないけど、ど素人でもマックで映画が作れることがわかってうれしい。バックの ボリス・ヴィアンの歌(「ぼくはスノッブ」)は60年代に若者達の間で熱狂的に受け入れられた名作シャンソン。最近まじめな日経新聞の春秋コラムがこの古い歌について触れていてびっくりしましたが、物質主義・拝金主義を嗤う ボリス・ヴィアンは今再び新しいのです 。この歌を聴くだけでも楽しいですよ。


きょうは何の日。鎌倉八幡宮の流鏑馬(やぶさめ)行事の日。あれは格好いいですね。むかしあれにあこがれて流鏑馬の先生のところに入門を願い出た友人がいましたが、馬か弓か、少なくともどちらか一つは出来ないと流鏑馬は教えられないと言って断られたそうです。流鏑馬を見ると武士の原点はやっぱり騎馬民族であると実感できます。また大正六年九月十六日、永井荷風は42年間続くこととなる日記『断腸亭日乗』を起筆します。「秋雨連日あたかも梅雨のごとし」、書き出しの文章です。


2002.9.15 今日は敬老の日。「 長生きリスクにどう対処するか 」と題して視点コラムを書きました。長生きをするのが怖いという人、これを読んで今から対策を講じておかれては如何でしょうか。


今日は「関ヶ原の戦い」の日でもあります(1600.9.15)。天下分け目とは言いますが、はじめから勝負がついていたような合戦でした。百戦錬磨の狸オーナー社長率いる統率のとれた老舗企業と、サラリーマンの企画本部長風情がなんとかまとめている企業連合体が真っ正面からぶつかったみたいなもので、西軍は勝つ訳なかった。西軍にいても情勢判断がちゃんと出来る大名はいち早く東軍に寝返ります。今も昔も情勢判断は重要ということかしら。


2002.9.14 きょうは何の日。明治11年9月14日、東京府はコレラの伝染を防ぐため、愛宕下、深川、浅草に避病院(隔離病院)を設立します。この年から翌年にかけ全国にコレラが蔓延、 死者は約10万人 と言われます。人口が3600万人だった時代の10万人です。諸外国への体面もあり公衆衛生問題が明治政府の喫緊の課題となります。明治12年生まれである永井荷風の『すみだ川』にも、区役所の職員が硫黄の煙と石炭酸で伝染病患者の家を消毒し患者を戸板に載せて避病院に運ぶ様子が描かれていますが、明治の半ばまで東京はきわめて伝染病に脆弱な都市でありました。江戸時代を美化して懐古趣味にひたるのもいいのですが、不潔さと伝染病もまたあの時代の現実でした。


2002.9.13
 きょうは何の日。1592.9.13、 モンテーニュ が死にました。散人は一度「仕事」でモンテーニュの『エセー』を斜め読みしたことがあります。会社の偉い人から「確かモンテーニュだと思うんだけれど、こんなことを言っていたはず」との御下問を受け、半日かけて文庫全6冊を速読。これも情報調査部の 仕事のうちなのです(思えば気楽な仕事でしたね)。このように現代では、モンテーニュの『エセー』はエライ人が気の利いたことをぶつ為のネタ本とのイメージがありますが、なかなかどうして彼の人生の智恵と知識がいっぱい詰まっているだけに良書です。常識のもつ力強さがあります。頭でっかちな思考が横行する現代、もうちょっと見直されてもよい本かもしれない。


2002.9.12 雑稿サイトに「 いわゆる『体育会』的なもの 」という小文を載せました。ヨット部OB会会報への寄稿ですが、運動部に限らず日本社会に、いわゆる「体育会」的な風土が蔓延っているように見えます。追いつけ追い越せの時代はそれでよかったのですが、今はスポーツですら「体育会」的な練習方法では強くならないと思う。


きょうは何の日。マラトンの戦い (BC490.9.12)。ギリシャ軍は、数で圧倒的に優勢だったペルシャ軍をアテネから42キロ離れたマラトンの野で撃ち破ります。ペルシャ軍の主力は騎兵と弓兵、対するギリシャ軍は重装歩兵(ファランクス)。散人の知る限り歴史上、歩兵が強い国はたいてい民主的な国家です。理由を考えてみると面白いですよ。


2002.9.11 きょうは何の日。同時多発テロ(2001.9.11)。世界経済、社会、価値観に大きなダメージを与えました。われわれ全員が被害者であるわけですが、世界はまだ有効な対抗策を見いだしえないでいます。我々に危害を加え得る人たちとの共存はどうやって可能なのか、考えてみればこの状態は一番の自然状態を表すもので、今日昨日に始まった状態ではありません。昔から人類はこういう状態で生き続けてきたのです。大量破壊兵器の開発を未然に防ぐという米国がいまやっていることは、むかし秀吉のやった「刀狩り」みたいなものです。でも米国にはかつての秀吉が日本全体に持っていたような絶対権力はありません。多分成功しないでしょう。やがて失望した米国は「国際(理想)主義」を捨てて、国際的な関与は最小限にとどめえるという「一国(モンロー)主義」に戻ってゆかざるをえないのではないか。沿岸警備隊と軍、情報機関を統合するという米国の本土防衛戦略構想にもその芽生えを感じます。そうなると一番困るのは世界自由貿易体制が無くては食っていけない日本です。米国が冒険を企てることはいいのですが、それで挫折されてしまうのが困るのです。「悪」を根絶できない以上、ある程度の「問題先送り」も必要なのかも知れません。中近東の「悪」の支配者も、人間である以上、寿命には勝てないからです。次の世代を敵に回すような愚策は避けるべきでしょう。


2002.9.10 きょうは何の日 。川中島の戦い (1561.9.10) 。ご存じ謙信と信玄の一騎打ち。でもこの一連の戦い、どういう意味があったんでしょう。今から思えば実に下らないことにエネルギーを費やしていたように思える。 その間に織田信長は着実に力を付けていく。はやりの成果主義で評価を下せば評価は低くなるのではないでしょうか。現代においても、限られたエネルギーと資源は、無駄使いすることなく戦略的に使わねばならないですね。


最近CDをハードディスクに取り込んでます。取り込みながらグレン・グールドのバッハ「ゴールドベルグ変奏曲」を聴きました。82年に買って以来20年間、繰り返し聞いてますがデジタルだから全く音質が落ちていません。科学技術に素直に驚嘆するのはこんな時です。CDが出来て以来、コンサートの類に出かけることが確実に減りました。技術がライフスタイルを変えたのです。グールド自身も晩年の数年はコンサート演奏はせず、生演奏を聴かねば気が済まない従来型の人たちの不評を買いました。でも彼には純粋に音楽を音楽として楽しむ時代の到来が見えていたのかも知れない。


2002.9.9 きょうは何の日 。天武天皇が病没(689.9.9)。散人は日本史で一番好きな部分はやっぱり壬申の乱。天智天皇の弟大海人皇子(後の天武天皇)が、天智の子である大友皇子(弘文天皇)を首長とする近江朝廷に対して起こした古代最大の内乱ですが、権力闘争あり、家族の愛憎確執あり、ラブロマンスあり、人の奥さんの横取りあり、不倫あり、逃避行あり、危機一髪の大逆転ありで、あんなに面白いのにどうして映画やテレビドラマにしないのだろうかと思うんですが、内容が あまりにタッチーなんでしょうね。こういうことを遠慮するようでは日本はまだまだ遅れていると云われても仕方がないです。最後の瀬田の架け橋での決戦部分はまことに臨場感あふれる記述で日本書紀の一番面白い部分だと思います。その内乱に勝利して時の弘文天皇を倒し天皇となった 大海人皇子(天武天皇)は「天皇は神にし坐せば」とうたわれる絶対権力をうち立てます。


一つ気になっているのが大海人皇子の妻でありながら兄さんの天智天皇に横取りされてしまった額田王がどうなったのかです。内乱で死んでしまったのでしょうか。生きていたとしても大海人皇子には後の持統天皇という怖い奥さんがもういたので縁を戻すのは無理だったんでしょうか。どなたかご存じの方お教えください。


     天皇(天智)蒲生野に狩猟せられしとき額田王よめる歌
  あかねさす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖ふる


     大海人皇子答ふる御歌
  紫のにほへる妹をにくくあらば人妻ゆえにわれ恋めやも


万葉集の中でも散人が一番愛して措かない一節です。



2002.9.8 きょうは何の日 。二十四節気で「白露」。「陰気ようやく重なりて露にごりて白色となれば也」(暦便覧)。野原の草にしたたる白露に秋の気配が感じられる季節です。 また1868年の9月8日、年号が明治と改められ、明治時代が始まりました。


日経新聞(9/6)で、ブルッギングス研究所のエドワード・リンカーン氏のインタビュー記事を読みました。久しぶりとの印象。歯に衣を着せぬ発言で知られ、一時、彼が「日本人と話しても時間の無駄だから会わない」と発言したことを受け、外務省のさる高官は「これで彼の学者としての生命は終わったものと判断いたします」とねちねち反撃。日本のマスコミに登場することも少なくなりましたが、今回は相当まるくなった発言をしています(反省したかな)。散人が調査部長となった96年に前任者との引継で彼と食事したしたときにも彼は「日本はこれから徹底的に落ち目になる」と暴言を吐きました。腹が立ちましたが、日本経済のその後の展開はまさしく彼が予想したとおりとなっています。耳が痛い話も素直に聞かねばならないと云うことでしょうね。今度のインタビューでは、小泉政権の問題先送り体質に失望感を表しているものの、北朝鮮との対話に向けて首相が動き出したことについては高く評価しています。散人も同感です。


2002.9.7 きょうは何の日 。北条時宗が入貢を求めてやってきた蒙古の使者を斬った日です(1275.9.7)。それで蒙古が攻めてきますが神風が吹いて大丈夫だった。でも神風が吹かなくてもどだい無理な話だったですね。橋頭堡が築けたとしても当時の船では補給が続かない。歴史を見ると一応国家が成立している島国の征服に成功した例はほとんどないです。イギリスは云うに及ばずですが、最近ではケネディー大統領もキューバ侵攻に失敗しています。太平洋戦争での日本の占領は珍しい例ですね。それでよかったけれど。


2002.9.6/2 iChat でこの二三日遊んでます。iChat というのは新しいマックの OS10.2 についてるソフトで「AOL Instant Messenger」がマックで使えるようになるもの。結構面白いです。散人が机にいるときは goinkyo という公開チャットルームを立ち上げておきますので、どなたでもいらっしゃってください。AIM もしくは iChat をお持ちの方はファイルメニューから「チャットに参加」を選び「goinkyo」と打ち込んでください。それで散人とチャット可能となります。こんなのが面白いというようでは散人もまだまだ子供です。精神年齢がまだ幼稚のかな。 


2002.9.6 きょうは何の日 。ピルグリム・ファーザーズを乗せたメイ・フラワー号がイギリスを逃れプリマス港を出帆した日です (1620.9.6)。二ヶ月後にアメリカに到着。厳しい冬の間に半数を失いながら、新天地に新しい社会を築きます。アメリカ人のご先祖です。このピルグリム・ファーザー伝説は、 国家の確固たる求心力、ルーツ、理念としてが繰り返し強調されてきました。この「理念」の重要性は現在のアメリカにおいても変わっていません。


日本も明治以降、戦後のある時期までは「追いつけ追い越せ」という理念と言えるようなものがありました。でもバブル崩壊後はそれすらなくなり、社会は目的を失って漂流しているように見えます。素晴らしい日本の将来の「夢」を語りうる人たちが輩出してほしい。本気でそう思います。


2002.9.5  英語のトップページ に音楽と動画を組み込みました。例のうるさい愚息の作品。Apple の既製品サイトだけれど、こういうことも出来るのだ。大満足です。ホームページ内をチェックするといろいろ不具合がありますね。誤字脱字も。きのうから少しずつ手直ししています。お気づきの点があればご連絡ください。


きょうは何の日。ポーツマス条約調印の日です(1905.9.5)。日露戦争はこれで終わります。きわめて難しい交渉で、ひとつ誤れば国が滅びるところでした。勝ち戦に完全に舞い上がっている国民の雰囲気に流されることなく冷静に交渉に当たった小村寿太郎を評価する向きが多いのですが、むしろ当時の日本政府が、優先順位(他はすべて譲っても韓国だけは死守するという優先順位)をきわめて明確に認識しており、出先で交渉している小村(むしろタカ派だった)を抑えたことが、交渉成功の背景にあったことが明らかになりつつあります。何事においても優先順位をはっきりさせるのは難しいものです。この件については岡崎久彦『小村寿太郎とその時代』が一番明晰で詳しい。岡崎研究所のホームページでも 岡崎大使の文章 が閲覧できます。


でも明治の外交官って云うのは、気合いが入ってたなあ。現代と相当違うんじゃないでしょうか。岡崎氏が同じホームページで「日中友好を図る外交官と対中政策を実施する外交官は分離するべきだ」とおっしゃってますが、賛成。企業でも同じだけれど、自分の担当分野が成長しないと社内で出世できないのね。でも外交官がそれをやれば国益と背反する場合もある。


2002.9.4 隠居小屋のサブサイトである「 荷風塾 」サイトが「Yahoo!登録サイト」となりました。8月31日にご紹介した「 ホームページ作成をワープロ感覚で 」というサイトでヤフーに登録申請をする際のこつを教わりその通りやってみたら、一発で通りました。カテゴリーは、芸術と人文>文学>作家別>小説>永井荷風 - 荷風塾です。いままでヤフーでも「ページ検索」の対象となっていたのですが、これで検索結果に優先的に表示される「サイト検索」対象となったわけで、ちょっと嬉しいです。


ローカルな話題。余丁町の南にある四谷荒木町は、ネコ道という細い道が縦横に入り組んでいて東京でも有数の面白い街です。でも土地勘のない人は迷ってしまいます。行かれるときは 四谷荒木町車力門会のホームページ でお店と地図を調べてから行きましょう。リンクに加えました。いろいろ楽しいページです。


きょうは何の日。伝説の野球投手スタルヒンが300勝を達成した日です(1955年9月4日)。 『ロシアから来たエース』 という本がありますが、外国人嫌いの日本の風土の中でたいへん苦労されました。 この本をお書きになった娘さん がいま大活躍されているのには心強いものがあります。阪神間にも白系ロシアの方が多く、高校のワンゲル部の先輩にも一人おられて当時から「世界連邦」の夢を追い、エスペラント運動に身を投じて居られました。いまどうされているのだろう。現代は昔に比べて「夢」が少ない時代のように思えます。


2002.9.3 きょうは何の日 。文治五年(1189)9月3日、 藤原泰ひら 敗死、四代続いた奥州藤原王国も鎌倉の新政権の前にあえなく崩壊します。独自色が強かった奥羽地方は、このときから真の日本の一部として出発することになりました(本当にこれで良かったのかな)。でも頼朝が「日本」を創ったってのは本当だと思う。それまでの日本史というのはどことなくエキゾティックだもんね。


楽しいリンクを二つ加えました。ご存じの 漫画ピーナッツ(スヌーピー) 落語検索エンジン「ご隠居」 です。毎日笑うのは健康にいいですね。


2002.9.2 「今日はなんの日 」というのをもうしばらく続けますね。今から2033年前の今日(BC31年、9月2日)、アント二ウスとクレオパトラは、オクタヴィアヌス率いるローマ軍に敗れました(アクティウムの海戦)。怖くなったクレオパトラが海戦の途中で逃げ出して、それでアントニウスが動転してしまったからです。 やっぱり女性は、戦争に連れてくるものじゃありませんね。映画「クレオパトラ」ではリチャード・バートン演じるアントニウスが、はまり役で、剣で盾を叩き全軍を鼓舞するシーンが 印象的でした。エリザベス・テーラーはあまり良くなかったと思う。


昨日ここで触れた戦争資料館「 王立図書館 」をリンクに加えました。ご自分で勉強されたことを基本的にご自分のために整理されHPに収録されるという編集方針にも共感を覚えます。ローマ史や、戦車の勉強も出来ます。


2002.9.1 今から63年前の今日 、1939年9月1日、ナチス・ドイツ軍はポーランドに侵入、第二次世界大戦が始まりました。ぎりぎりまで続けられたチェンバレンらの外交交渉が失敗したのです。ヒトラーの意図と能力を完全に読み違えて十分な軍事的対応策を講じてこなかったことが弱腰外交の背景にありました。何事においても根拠薄弱な期待に基づいた "wishful thinking" がいかに危険かと云うことを物語っているように思います。


一風変わった戦争資料館 を見つけました。 チェンバレン についても短い記述があります。 




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