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余丁町散人(橋本尚幸)
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   ナショナリズムに逃避する人たち
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2002.12.18

インターネットの面白いところは、普段お話しする機会がないような、いろんな人々と意見交換などが出来ることであり、それなりに勉強になるし刺激を受けることが多いのだが、最近気になっているのが、ネットニュースなどでのナショナリズムの高まりである。在日韓国人や外国人に対する露骨な攻撃や、地域差別的な発言、また西欧(米国)や中国に対する感情的な反発や、日本を奉るあまりに南京大虐殺の事実を誤魔化したりする暴論すら目にする。もともとこういう類の人間は居たことは居たのであるが、最近になって特に目立つ。背景には長引く不況と日本の国際的地位の低下がもたらしたフラストレーションの蓄積があるように感じる。

もともと日本人は、こういう紋切り型の決めつけは厭だが、集団の中に自己のアイデンティティーを見いだす人が多いと言われてきた。個人主義者が日本の歴史にいないこともなかったが、それらは常に集団からはみ出してしまった、いわば隠者としての個人主義者に過ぎなかった。大部分の日本人は、自己が所属する集団の盛衰を自己の盛衰と同一視して生きてきた。その集団とは、イエであったり、村であったり、藩であったり、会社であったり、そして「日本」であるわけだ。しかし最近は、村は遠くなり、企業は国際化で一層ゲゼルシャフト化してきているし、いよいよ自己の拠り所とは「日本」しかないと言うことになるらしい。ところが、バブル崩壊以降の日本の地位低下は甚だしい。またグローバル化と自由化が進み、単に日本人であることだけで高所得が保証されることではなくなっている。終身雇用制度や学歴社会という昔の約束事がもはや通用しなくなりつつある。このことがだんだん明らかになるにつれ、フラストレーションがつのり、日本を必要以上に神聖化し、外国を排斥する言動として表れてきているようだ。フーリガン、ナチス、ルペン支持者など、全て弱者の焦りとフラストレーションを、ナショナリズムに逃避することで発散させているものだ。

明治維新の時も、従来の価値観が否定され大量の士族が失業した。第二次大戦直後も大変動の時期であった。しかし、この二つの変革期とも、日本人は新たに帰属すべき集団を容易に見つけることが出来た。明治時代では、藩に変わって「国家」に帰属すれば良かったし、戦後は、お国に替わって「企業」が忠誠心を捧げる対象となった。でも今回は違う。グローバル革命に於いては、国家や企業は必ずしも利益再配分メカニズムではなくなっているのに、国民はそれに替わる新たな帰属の対象を見つけ得ることが出来ないで居る。世界最強の金持ち国家であるアメリカですら、普通の勤労者の所得は落ち目の規制国家日本の勤労者より低い状況を見れば、グローバル国家とはグローバル化のおかげで得られた富を必ずしも自国民だけに再配分するものでないことは明かであろう。これをおかしいというのは、一国エゴイズムでしかないこともまた事実であり理屈が通らない。勤労者はこれをうすうす感じているから、フラストレーションがたまる。「本当の日本」はもっと美しいものであるというわけで、抽象化された「日本」を主張するようになる。

そういう状況下、人は自分に最後の拠り所を求めるしかない。自分の信念とか理念である。そして強者を目指す。日本は国家として落ち目であっても、それがどうしたというだけの、坂口安吾が焼け跡の中で強烈に示した根性だ。ところが日本では、伝統的に、この「個」が確立されてこなかったことは、上に述べたとおりである。宗教も脆弱である。夏目漱石は「私の個人主義」と題した講演の中で、「集団の倫理は個人の倫理より劣等である」と喝破し、日本における個人主義の未成熟を憂慮したが、100年近く経っても未だ道遠しとの感を、ネットでのナショナリスティックな発言を聞くにつれ、強くする。これは危険な兆候である。このフラストレーションの集団的暴発をどう食い止めるのか。基本的には、このようなネガティブな感情は、単にそれを懐柔することだけでは抑えきれないだろう。フランスではシラク新政権が着々と新政策を打ち出し、従来の左派政権が作り出した歪みを一つずつ矯正し始めている。ところが日本では与野党共に大多数が守旧派で占められている上に、国民の大多数も内心は既得権の受益者であることを自覚しており保守的である。日本の本当の危機は此処にあるように思える。





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