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次の日、学校へ行ったわたしを待っていたのは、とんでもない情報だった。 「サヨコが見つかったぁ?!」 「ばっか、声がでけえ」 小林くんは手に持った扇子で口元を隠しながら言った。 わたしは周囲に気を配りながら、もう一度、 「もうひとりのサヨコが見つかったの?」 小林くんは真剣な目でうなずいた。 「ああ」 朝の教室。 友達と挨拶を終えて、ふと廊下を見ると、容ちゃんと小林くんがなにやら話していた。 容ちゃんに呼ばれて近づくと、小林くんは小声で言ったのだ。 「サヨコが見つかったぜ」って。 「それ、確かな情報なんでしょうね」容ちゃんの声もさすがに高ぶっていた。 「まだ絶対とは言えへんけど、かなり信憑性は高いと思う」 小林くんの顔は冗談を言ってる感じじゃない。急に怖くなってくる。 あの予感が当たっちゃったらどうしよう。 「で、誰なの?」 容ちゃんが聞く。わたしは息をのんだ。 「美術の上沢先生や」 意外な人の名前に、わたしたちは言葉を失った。 「な、なんで…?」 「さあ、それは先生に聞いてみんとな」 「そうじゃなくって。それもあるけど」 「ああ、根拠ね。うちのクラスの奴が、美術準備室で見つけたんや…ガラスの花瓶。同じもんだったらしい。正面玄関に置かれとったやつと」 「へー…。でも、準備室にはいろんな備品が置いてあるから…」 ひとつくらい花瓶だってあるかも。それがたまたまガラス製だったってことは…? 「同じってのもあやしくない?そういう話はたいてい誇張が入ってるもの」 「ふむ。なんか他のもんの影に隠してあったらしいんやな。そいつ、授業で使う備品を探してて、たまたま見つけたそうなん。で、なっちゃんにそのこと言うたわけ。冗談めかして、『これに赤い花を活けたら、サヨコになれますね』とかって。なっちゃん、真っ青になってたそうや」 なっちゃん。それが美術教師、上沢夏紀のニックネームだった。 「それは…本当なら、すごい情報だよ」 「小りさ。ひょっとしたら、あれ、できるかも」 わたしは容ちゃんと顔を見合わせた。そう、もうひとりの正体がわかれば、サヨコをひとつにできるかもしれないんだ。 「でも、なんで先生が…」 「それで俺、ちょっと調べてみたねんけど。おもしろいことがわかったぜ。なっちゃんは今から9年前、平成6年の卒業生なんや」 「9年前…。それって」 小林くんは扇子をぱちんと閉じた。 「そう、1994年。四番目の小夜子があった年や」 わたしたちはすぐに美術準備室に向かった。 っと、その前に伊原さんを呼ぶ。 「上沢先生が?」 「うん、小林くんによるとね」 わたしは彼女がサヨコだって疑われてる理由をかいつまんで話した。 「そういえば…」 廊下を走りながら、伊原さんがつぶやく。 「何?」わたしが聞くと、「ううん、なんでもない…」 何かひっかかることがあるらしい。でも、聞いている時間はなかった。 準備室にたどり着く。 ドアは開いていた。なかに、彼女の姿があった。 「上沢先生」 「どうしたの?そんなに息、切らしちゃって…」 先生はわたしたちを見て、かすかに微笑んだ。その表情に戸惑いが見え隠れしている。 朝からこんなふうに生徒が駆け込んできたら、戸惑って当然だろう。 少しの間、呼吸を整える。立ち直ると、容ちゃんは言った。 「先生がサヨコなんですか?」 単刀直入! びくり。上沢先生の顔つきが変わった。 間違いない──。こっちが驚くくらいの変化だった。それで確信する。 「そうなんですね?」 「な、何言ってるの?わたしはサヨコなんか知らないし、興味もないわ」 わたしはポケットから鍵と赤いスカーフを取り出した。 「わたしたちもサヨコなんです」 上沢先生は言葉をなくして、その二つを凝視した。 「石部さん…」伊原さんも驚きの声を上げる。 「陶器の花瓶を使っているサヨコがいたでしょう?それがわたしたちなんです」 「知らない、知らない…。わたしはサヨコなんかじゃない」先生はうつむいて、つぶやく。 「先生」 容ちゃんは静かな声で呼びかけた。 「先生の答えにかかってるんです。わたしの友達の運命。…それだけじゃない。このゲームが成功するかどうかも、先生の答えで決まると思います」 「成功するかどうか…?」 先生はおびえた目で、容ちゃんを見つめ返した。 「はい。七番目の小夜子を成功させるには、サヨコがたくさんいたんじゃダメなんです。 人数はたくさんでもいいけど、その力をひとつにしないと扉を開くことはできない…。わたしは今までこのゲームをやってきて、絶対そうだって思うようになりました。だから、もし先生がサヨコなら、力を貸してください」 「知らない…。わたしは知らない…」 上沢先生は小刻みに頭を振った。 「わたしは指令書に従っただけ!ただそれだけなの!」 指令書! わたしは立っている足場が崩れるような衝撃を受けた。 確かに上沢先生は赤い花を活けたかもしれない。 でも、それは全部、指令書に従ったこと。そう先生は言った。 『向こうには届いたかもしれない』 いつかの渡辺くんの言葉がよみがえる。 『誰から届くって言うの?』 容ちゃんの怒ったような声が聞こえる。 答えは──「小夜子」 「そう。わたしは小夜子に選ばれたのよ。鍵だって届いたの!あなたたち、なんで邪魔するの?やっと、やっとサヨコになれたのに。途中で終わっちゃったゲームを、自分の手で完成させられるって思ったのに!」 上沢先生は叫んだ、まるで、中学生のように。 わたしたちはその場に立ち尽くした。 『四番目の小夜子は失敗したって聞きました』 『黒川先生はもういない』 『小夜子は、自分の一番弱い部分につけこんでくる…』 わたしの視界を闇が包み込んだ。 砂嵐のなかにいるような、距離感のつかめない、茫洋とした闇が。 それから一度だけ、わたしたちは上沢先生に会った。 先生はうつむいて、わたしたちと目を合わせようとしなかった。 「指令書が届いたっていう話、もう少し詳しく教えてもらえませんか?」そう聞くと、少しためらった後、 「いいわ。それであなたたちが納得するなら…」 先生は話し始めた。 「一回目の指令書が届いたのは、2月の初めのことだった」 虚ろな目が、過去を見つめる。 「会議が終わって帰ると、わたしの机の上に、白い封筒が置いてあったの。そこには、鍵と手紙が入っていて…。手紙には、三つの指令と、花瓶の受け渡しについて書いてあった」 「花瓶の受け渡し?」 「そう。ガラスの花瓶を渡す時間、場所が指定されていたの」 そっか。花瓶って言えば、サヨコの最重要アイテムのひとつ。だけど、受け継がれてきたものはなくなってしまっている。上沢先生が自分で用意したんじゃないなら、誰かが届けたことになるんだ。 わたしたちは実物を見せてもらった。 指令書は全部で四つあるらしい。ひとつはお決まりの三つの指令を書いたもの。 問題は二つ目だった。 『3月1日、午後5時30分。サヨコは図書室で、花瓶を受け取る』 印刷された文字。確かに、日時まできっちり指定してある。 「図書室…?」 わたしは容ちゃんと顔を見合わせた。 「花瓶は…あったんですか?」 上沢先生はうなずいた。 「初めは、半信半疑だったわ。5時30分って言ったら、当然図書室には鍵がかかっていて、誰も入れないはずなんですもの。あの日…、調べものがあるって言って、司書の先生に鍵をお借りしたの。そして、わたしはそのときを待った…」 時間になる…。冬の夕暮れ。真っ赤に染まった廊下を、上沢先生は歩いていく。 「鍵はやっぱり掛かっていたわ。わたしは扉を開き、なかへ入って…立ち尽くした。入ってすぐの机の上に、それはあって──。花瓶は外から差し込む夕日の光を浴びて、輝いていたの。燃えるように輝くガラスの花瓶…。崇高って言ってもいいくらい、美しい光景だった」 うっとりと目を潤ませて、先生はその瞬間を思い返す。 「ああ、わたしを待っていてくれたんだなぁって思った。わたしがサヨコになるのを、ずっと待っていてくれたんだって…。わたしは花瓶を用意していた紙袋にしまって、図書室を出たわ。あのときからよ…サヨコを本当に信じるようになったのは」 花瓶といっしょに、残りの二つの指令書も置かれていたらしい。 内容は、一通が七夕の祝福についてで、最後のひとつが文化祭の台本についてだった。 上沢先生は鍵、花瓶、それから、赤いスカーフも見せてくれた。 やっぱり…とわたしたちは納得した。彼女にも祝福はあったのだ。 「これで全部よ」 先生は額を押さえ、ため息をついた。 「わかったでしょう。全部、小夜子のしわざなのよ。わたしはただ、その指示に従っただけなの…」 わたしたちは先生と別れた。 わたしは容ちゃんと廊下を歩いていた。 「図書室に、忽然と現れた花瓶…か」容ちゃんがつぶやく。 「やめて。怖いんだから」 嫌なイメージが湧き上がってきて、わたしは目をつむった。 「亡霊のしわざかな」 「もう。怒るよ」 「ふふっ。でも、ほんとに亡霊はいるのかも。そう思わない?」 容ちゃんの表情から、意地悪な笑みは消えていた。 「…容ちゃん?」 ちょっ、ねえ、やめてよ…。そんな真面目な顔で言われたら、わたし…。 「ただ、その亡霊はきっと、目で見えるし、触ったら温かいよね」 驚くほど澄んだ瞳で言う。 ああ、そういうことか…。わたしはようやく容ちゃんの言う『亡霊』の意味がわかった。 「温かい…。そうだね、きっと温かい」 「ねえ、小りさ。まだあきらめてない?サヨコ、探すの」 わたしはすぐに答えられなかった。見えるなら探せる。でも、それは…。 「怖い?」 わたしはうなずいた。それはひょっとしたら、本物の亡霊と会うのと同じくらい怖いことだ。 「わたしも、すごく怖い。あー、なんてバカなんだって思う、自分のこと」 容ちゃんは笑った。 「その可能性が怖くて、見ないようにしてた。もうひとりのサヨコ」 わたしは気づく。容ちゃんの澄んだ瞳の奥に渦巻いてる、不安とくやしさ。 いつもと同じに見える容ちゃんだけど、胸の内側では、くじけそうになる自分を必死に奮い立たせてるんだ。 …胸が熱くなった。 「呼んでる気がするの。わたしはここにいるって。早く見つけてって…」 「…うん」 わたしにも聞こえる。だって、わたしも同じように叫んでいたから。 サヨコって不思議だ。 みんなから隠れて、一人でやるゲーム。そのはずなのに、自分を知ってもらいたい、自分のことを理解して欲しいって、胸が張り裂けそうになるくらい願っている。 彼女も、きっと。 「わたしたちには見つけられないかもしれない。見つけることができても、上沢先生みたいに拒否されちゃうかも…。でも、探さないより何百倍もいいって気がするんだ」 容ちゃんはわたしの方を見た。わたしはただうなずくだけでよかった。 |
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