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わたしは人だかりの隙間から、掲示板の机をのぞき見た。 赤いバラの花が見えた。 成功した? でも、どうも様子がおかしい。何か、変だ。 少し移動すると、すぐに違和感の正体に行き当たった。 花瓶が二つある…! 白い陶器の花瓶。そっちはわたしたちが用意したものだけど、その横にもう一つ、ガラスの花瓶が置かれていた。 どちらにも真っ赤なバラの花が活けられている。 「りささん」 あすみちゃんが立っていた。彼女も困惑した表情を浮かべていた。 「どういうこと?花瓶が…」 「わかりません…」 花瓶が二つもあるなんて…。こんなの、聞いてない。 「わたし、容ちゃんに確かめてみる」 「わたしも渡辺くんに聞いてみますね」 わたしはあすみちゃんと別れて、階段を駆け上がった。 今日は始業式の日だった。 サヨコが赤い花を活ける日。 階段を上りきって、三階の見慣れない教室に飛び込んだ。 「小りさ、おはよー」「おはよ」 友達と挨拶を交わしながら、わたしは探していた。 いた。 容ちゃんは机に座って、空を眺めていた。 「容ちゃん…」 「おはよっ、小りさ」 わたしが声を掛けると、容ちゃんはウインクを返してきた。 「じゃあ、藤井さんが来たときにはもう?」 「そう。あのガラスの花瓶が置かれていたの」 渡辺くんの質問に、容ちゃんはさらりと答えた。 始業式は終わっていた。 わたしたち七人は、手芸部の部室で話し合いをすることにした。 今朝のことを容ちゃんに説明してもらう必要があった。 「でも、わたしはサヨコを譲るつもりはないから…その横に花瓶を置いたってわけ」 「遠慮ってものを知らねえからな、藤井は」 小林くんってば、余計なことを言って、容ちゃんに睨まれている。 「そんなことが…」 渡辺くんは考えに沈みながら、つぶやいた。 サヨコ。 西浜中に伝わる不思議な言い伝え。 サヨコに指名された生徒は三つの約束を果たす。 成功すれば、大いなる扉が開かれると言われている。 今年、サヨコは現れないはずだった。六番目のサヨコのとき、ゲームは終焉を迎えたのだ。 三年前、すべての秘密が暴かれ、サヨコは不思議な力を失った。 でも、一部の生徒に伝説は受け継がれた。 それが、わたしたち。 わたしたちがサヨコを復活させるのだ。 サヨコは、始業式の朝、赤い花を活ける。 容ちゃんがそれをするはずだった。容ちゃんが「七番目のサヨコ」になる。そういう計画だった。 でも、実際には……赤い花は、容ちゃんが活けるより先に、もう活けてあったという。 これってどういうことなんだろう。 わたしは容ちゃんに事情を聞いて、すっかり混乱してしまった。いったい、何が起きてるの? 「別にいいじゃん、サヨコが何人いたって。わたしが本物ってことに変わりはないんだからさ」 容ちゃんは余裕の表情だった。 すごい自信…。いつものことだけど、わたしは感心してしまう。 「亡霊の仕業とか…」 ユキがつぶやいた。 「亡霊?!」 わたしは思わず大声を上げていた。そういうの、苦手なんだ。 「サヨコがさ、自分で花を活けたのかも」 「そんなわけないじゃん」 容ちゃんはユキの意見を一笑した。 「そうだよな」 なんだ、ユキも本気じゃなかったみたいだ。 「でも、災いは起こるかもな」 「災い」どきっとくる。 「そうさ。二人のサヨコが現れたんだぜ?聞いたことあるだろ。 サヨコが二人いる年は、災いが起こるって」 「アホらし。そんなわけあるかい。災いとか、呪いとか、サヨコってそういうもんやなかったんやろ?全部、黒川いう先生の仕組んだことだったんや」 「そうかな…」 今度はユキは納得していない。 「わたしはそんなの怖くないわ。災いが怖くてサヨコがやれますかって」 容ちゃん…すごい。 「でも、まずいことになったよ」 今度は渡辺くんが口を開いた。 「なんだ、今度は」 「向こうは本物かもしれない」 「どーいうこと?」 「つまり、向こうには届いたかもしれないってことだよ。本物の、サヨコの鍵が」 「僕たちは勝手に、サヨコはすたれてしまって、もう続かないだろうって決めつけていた。だから、自分たちで伝説を作ろうと、新しく戸棚まで用意して、サヨコも自分たちで決めた。でも、赤い花はちゃんと活けてあった」 「それが?」 「サヨコは僕たちが心配しなくても、ちゃんと続いていたのかもって思ってさ。ちゃんとひとりの生徒に指令書が届いたのかもしれない」 「だから、何?」 「ニセモノは、やっぱり僕たちの方かもしれない」 「ちょっ、ちょっと待ってよ」 容ちゃんは納得がいかない。立ち上がって言った。 「そんなのわかんないじゃん。適当に噂を聞いてやったのかもしんないし。それに、誰から鍵が届くって言うの?黒川って先生はもうこの学校にはいないんだよ?」 渡辺くんは一度口を開きかけて、止めた。 でも、みんな彼がなんて言おうとしたのか、わかってしまった。わたしにも、わかった。 「サヨコ…?サヨコから届いたっていうの?ばっかみたい。ユキも渡辺くんも、ちょっとおかしいよ」 「でも、正体を知られちゃいけないっていうサヨコの原則を、僕たちは破っているんだよ。僕はね、サヨコがうまくいけばいいんだ。伝統が続いてくれれば、別に僕たちがやる必要はないと思っている」 「そんな…」 渡辺くんの意見に、容ちゃんもさすがにショックを隠しきれない。 「確かに、ちょっとしらけてるところあるよな」 小林くんが口を挟んだ。 「おれたちさー、一年前からあれやこれや準備してきたやろ?だから、クラスの連中も薄々気づいてるんだよな。なかにはさ、『あれ、おまえらだろ』なんて身も蓋もないこと言うやつもいてさ。なんか、盛り上がらねえんだよ」 それはわたしも感じていた。みんな、本当は知っているんじゃないかと思う。 でも妙な気遣いをして言わないのだ。 そんな状態じゃ、盛り上がらないのは当然だ。 『どうせ、あいつらがやってるんだろう』 『二つ、花瓶を用意したのはおもしろいアイディアだけどね』 なんて、言われてる気がする。 みんな、素直にサヨコを信じたりしなくなっているのだ。 「だからさ、正体のわからんサヨコの方が盛り上がるんじゃねえかな。おれたちがやるより」 「ねえ、小林くんまで、何言ってるの」 「おれ、降りるわ」 「ユキ!」 「いや、おれはサヨコ信じてるからさ。だから、気味悪ぃんだ。あの花瓶」 ユキが立ち上がると、小林くんが後に続いた。 「おれも、ちょっと身、引かしてもらう。理由は今言った通りってことで」 「…いいわ。やめたいなら、やめなよ。わたしはやるからね」 容ちゃんはムキになって言った。 すごく気まずい雰囲気だった。わたしは何も言うことができなかった。 「あすみ、どうする?」 部屋を出る寸前、ユキが聞いた。 ユキはあすみちゃんと仲がいいのだ。 きっと、あすみちゃんにも抜けて欲しいと思ってるに違いない。 「わたしは…」 口ごもるあすみちゃん。 「いいよ。行きなよ。遠慮しなくていいからさ」 容ちゃんが言う。 あすみちゃんは迷った末、「もう少し考えてから…」と言った。 「そっか」と、ユキ。 「昭彦?」 小林くんが渡辺くんに声を掛けた。 「ああ…。じゃあ」 渡辺くんは少し心残りがある様子で歩き始めた。 こうして、三人が部屋から出た。 「伊原さんはどうするの?」 容ちゃんはわざとらしく明るい声を出して言った。 伊原さんは肩をすくめた。 「わたしは最後まで見届けるわ。だってこれはわたしたちのサヨコでしょ?」 彼女の言葉に、残ったみんなは意表を突かれた。 容ちゃんも、まじまじと伊原さんを見つめている。 「何?」伊原さんは微笑んでいる。 「ううん。…ありがと」 「お礼言われるようなことじゃないわ」 伊原さんはかつてサヨコを決めるとき、立候補した一人だった。 もう一人が容ちゃん。 結局、伊原さんが身を引いて、容ちゃんがサヨコをすることになったという経緯があった。 「次は七夕ね」 伊原さんは別れ際にそう言った。 ニセのサヨコが現れたなら、七夕の朝、正面玄関に赤い花を活けなさい。 もしあなたが本物なら、サヨコの祝福を受けるでしょう。 いつか聞いた言い伝え。 文化祭より前にやらなきゃいけないことができるなんて、思ってもみなかった。 でも、そこで祝福を受けられなかったら? やっぱりわたしたちはニセモノってことになるんだろうか。 もう黒川っていう先生はいない。誰も祝福を与えてくれる人間はいない…。 「ねえ、小りさはどうするの?」 「え、わたし?」 帰り道の途中立ち寄った公園で、容ちゃんは聞いてきた。思ってもみない質問だった。 答えは、考えるまでもなく口を衝いて出た。 「わたしは容ちゃんを応援するよ。扉、開いてみたいんだ」 サヨコが成功すれば、すべての人に扉は必ず開かれる――。 「そっか。関根先輩にも、情熱的に語ってたもんね」 容ちゃんに茶化されて、わたしは真っ赤になった。 「もうっ、それは言わないで。そもそも、わたしはムリヤリ引き込まれたんだからね」 「お、言うな。『私、探してるんです、夢中になれるものを』」 「容ちゃん」 わたしは容ちゃんを激しく追い回した。 「ごめんごめん。でも、男子ってダメだよね。理屈ばっかこねちゃってさ」 容ちゃんはやっぱり今日のことにいらついていた。 「何が本物かもしれない、よ。どうせ誰かが、変な噂を聞いてやったに決まってるわ」 「でもさ、わたしたち以外にサヨコのこと調べた人なんて聞いたことないよ…。わざわざ花瓶や赤い花用意してるんだし、やっぱりちょっと不気味だよ」 「あー!」 容ちゃんは突然大声を出した。 「なに、なに。どうしたの、容ちゃん」 「佐野、美香子」 「え?」 「佐野先生だよ!理科の。彼女ってさ、四番目のサヨコだったじゃん」 そういえばそうだった。わたしたちはそのことを知って、彼女にも聞き込みしたことがある。 「サヨコのこと聞いたらさ、『あなたたちの手に負えるものじゃない』なんて言って、詳しいこと教えてくれなかったじゃない。…そっか、そういうことか」 容ちゃんはしきりにうなずいている。 「どういうこと?」 「わかんない?彼女が邪魔したのよ。四番目は失敗したって話でしょ?きっとわたしたちのことが羨ましくなったんだよ。それで嫌がらせを思いついた」 「そうかなあ」 佐野先生が…?いまいちピンとこない。 「そうよ。抗議しに行かなきゃ」 「ええ?!」 なんだか、変な話になってきた。 容ちゃん、無茶しなきゃいいけど…。 次の日、わたしたち二人は理科準備室にいた。 「なんでわたしまで…」 わたしの嘆きも、暴走特急と化した容ちゃんには届かない。 「何の用かしら?またサヨコの話?」 先生は怪訝そうな顔でわたしたちを見ている。 「佐野先生。先生がやったんでしょ、玄関の花瓶。なんでわたしたちの邪魔をするんですか」 ああ、容ちゃん、先生に向かってなんて言い方を…。 佐野先生はわけがわからないと言うように眉根にしわを寄せた。 「ちょっと待って。わたしはあなたたちの邪魔なんかしていません。いったい、何があったの」 わたしは昨日のことを説明した。 正面玄関に置かれた二つの花瓶。 もう一人のサヨコ。 「なるほど…。で、それをわたしが?」 「そうです。だってこの前聞きに来たとき、全然サヨコのこと教えてくれなかったし、それに四番目のサヨコは失敗したって聞きました。だから…」 「だから?」 「先生が邪魔したんじゃないかって…」 容ちゃんの声はしぼんでいった。 自分でも、根拠がイマイチ弱いってことに気づいたみたいだ。 佐野先生はひとつ息を吐いた。 「言ったでしょう。『サヨコはあなたたちの手に負えるようなものじゃない』って。やっぱり、手に負えなくなったってわけね。それで泣き言を言いに来たわけだ」 「な…、そういうわけじゃ」 「とにかく、わたしはあなたたちの邪魔はしてないわ。もうサヨコには関わりたくないのよ。これでいいかしら」 強い調子で言われて、わたしたちは撤退を余儀なくされた。 「絶対、佐野先生だよ」 容ちゃんはその後も言い続けてたけど……。 わたしはそれよりも、別のことが気になっていた。 六番目のサヨコをやりとげた人たちは、サヨコのことを特別な思い出にしているようだった。 すごく大切なものとして、自分の中心にそれを置いている。 でも佐野先生は違う。 …もう関わりたくない。 そんなふうに言うんだから、決していい思い出じゃないんだろう。 サヨコって何なんだろう。 わたしには、いまだにそれがわからなかった。 次の日、わたしと容ちゃんは花瓶を戸棚に戻した。(夜の学校はもう二度と行きたくない!) その翌朝学校に行ってみると、もう一つの花瓶も消えていた。 間違いなくこの学校のどこかに、もう一人、別のサヨコがいる。 わたしと容ちゃんはそれをあらためて意識した。 数日が過ぎ、わたしはあすみちゃんの訪問を受けた。 彼女もまた、サヨコのゲームから降りることを決めたという。やっぱりユキが強く勧めたらしい。 「そっか。ユキが言うんじゃしょうがないよね」 「ごめんね、りささん。困ったことがあったら助けてあげられると思うけど…」 「ううん。ありがとう。わたし、がんばって容ちゃんをコントロールするから」 笑って別れたけど、寂しい気持ちはどうしても抑えられなかった。 「みんな、バラバラになっちゃったな…」 こうして、七番目のサヨコは三人になった。 |
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