さようなら3702号070321
 
2007年3月21日に、豊橋市電を愛する会主催で、この25日で引退する3702号の記念貸切運行が行われました

   
3702号(新川電停付近)
1927年(昭和2年)に製造されました
駅前ですれ違う、3702号と801号
3702号、豊橋駅前電停に入線
名古屋市電気局(現在の名古屋市交通局)で運行されていました
入線中の3702号
日本初の半鋼製低床ボギー車です
入線中の3702号
名古屋市電気局(現在の名古屋市交通局)では、1200形と呼ばれていました
側面には、本日の運行のため、とよはし市電を愛する会のステッカーが付けられていました
1927年3月に2輛試作し、1928年3月までに引き続き8輛が製造され、計10輛が名古屋市に在籍していました
引退記念ヘッドマークです
電停にも、案内が張られていました
10輛のうち、名古屋で2輛が被災で全燒いたしました
昭和38年に、6輛が廃車になり、そのうちの4輛が豊橋に来ました(後、2輛は名古屋で花電車に改装)
側面上部には、豊橋鉄道社章をあしらった装飾が施されています
豊橋鉄道社長さんと、とよはし市電を愛する会の方々
3702号側面
1202・1204~1206の4輌が豊橋に来ました
3702号の前に入線した、3502号
鈴木とよはし市電を愛する会会長の挨拶
3702号の車内
豊橋移籍当時は、700形と呼ばれていました
3702号前部
最初は、クリーム色と緑色の2色で塗装されていました
テープカット
3201号(新川電停)
3702号(新川電停)
1967年に、4輛のうち2輛(702号、704号)がワンマンカーに改造されました
3702号(新川電停)
1968年に、ワンマンカーは3702号,3704号と改番されました
3702号(新川電停のカーブ)
そのワンマンカー2輛は、このカーブから分岐していた、柳生橋支線で活躍していました
豊橋市公会堂前を走行する、3702号
1971年にワンマンカーに改造されなかった、3701号、3704号が廃車となりました
国道1号線を走行する、3702号
1976年に柳生橋支線は廃線となり、1977年に3704号は廃車となりました
競輪場手前を走行する、3702号
1982年に、「私は日本最初の半鋼製低床ボギー車です…これからも元気にがんばります」と書かれ、広告なしとなりました
競輪場前電停手前で一旦停止
ここから単線となりますので、この停止線で対向列車を待っています
3504号
昨日の、3月20日から供用された、競輪場前の電停とその案内板
運動公園前に停車中の、3702号
1996年に登場当時の塗装に変更され、集電ポール(ダミー)を取り付け、レトロ電車と命名されました
運動公園前に停車中の、3702号
登場当時の、昭和初期の服装をした女性が乗っています
井原の日本一急なカーブ(半径11m)を曲がる、785号
赤岩口方面から来た、801号(井原電停付近)
3203号(井原電停)
運動公園前から来て、井原電停に停車する785号
後方に、3702号が来ています
井原のカーブを曲がる、3702号
レトロ電車となってから、休日の昼間や貸切列車として運行されていました
井原のカーブを曲がる、3702号
2005年から、運用が中止されていました
競輪場前の留置線の、3501号と781号
運動公園 -> 井原電停 -> 東田坂上まで行き、そこで反対車線に入り、赤岩口に向かいます
3203号(札木電停付近)