
「シルバー・ウィーク」と呼ばれた先週の連休に泊まりで出掛けた。今年はお盆にしか渓流釣りをしておらず、そしてこれが最後の機会。フライも巻いて準備万端。「よし、今度こそ爆釣さ」と現地に行ってみると……

今年から禁漁期間が早まったらしい。きっと大勢の釣り人が我と同じ様に、この前で茫然と立ち尽したことであろう。
今シーズンの渓流釣りは、こんな風に終ったのだった。

今朝、NHK の「にっぽん釣りの旅」という番組で、奄美大島でカンモンハタ(イシミーバイ)を釣る様子を放送していた。地上波や BS で何度も再放送があるらしいので、私が宮古島で何をしていたか知りたい人(?)は観てほしい。
こういう浅いところで釣るイメージで行ったんだけど、宮古島では胸までウェーディングすることに。あぁー奄美大島も良いなぁ。


ブログの更新が「抜殻」で止っているのはいかがなものかと一枚スキャンしてみたが、余計に暗くなった様な……。


蛸料理が有名な「お食事処すむばり」の犬。開店を待つ客の様子を見に来た。触られても動じず、マイペース。愛想がある様な無い様な。目はふさふさの毛の中。気になる何かをじっと見詰める。名前を聞いておけばよかった。


雪塩の工場横にあるお店で、さとうきびジュースを飲んだ。予想より、さっぱりした味だった。このお店にはいろいろな形をした貝殻が所狭しと置かれていた。


そういえば「宮古牛」は見かけなかったな。食べたけど。


経済が急激に悪化し厳しい年になりそうではありますが、当ブログは今年も「能天気」路線継続で行きたいと思います。皆様、お付き合いの程宜しくお願い致します。

今度の宮古島旅行で、是非買って帰ろうと思っていたものがあった。それは沖縄の釣り雑誌。
釣りというのは「今、何処で何が釣れているか、どんな釣り方が効果的か」という情報を手に入れることが大事だ。あそこのポイントではこうだという様に、出来るだけ具体的に知りたいので、地域密着情報を掲載する釣り雑誌や釣り新聞がそれぞれの地方に(たぶん)存在する。我が地方には「東海釣りガイド」という雑誌がある。(「Fish On」や「Fmaga」という釣り雑誌もあったものの、最近見かけない。今はインターネットが普及していろいろ検索出来るので、この手の雑誌は厳しいのだろう。)
現地に行く前から「おきなわ釣王国」という雑誌があることを知っていた。この雑誌にはフライフィッシングに関する記事が載っているらしい。どうせ買うならこれだな。問題は、何処に行ったらこの雑誌を買うことが出来るかだ。本屋に行ったら簡単に手に入るなら良いが、去年那覇に行ったときには、大きな本屋を見かけなかった。品揃えが少ない小さな本屋で、果たして売っているのだろうか。でも釣具屋に行けば大丈夫だ、そう思っていた。
宮古島で釣具屋を見つけて探してみたが、無い。当てが外れて、旅の記念に現地で買って帰るのは無理かなと諦めていたが、その日の夜、あっさり問題は解決した。コンビニに売っていた。
100ページ程度の雑誌だが、なかなか興味深い。沖縄の釣りの対象魚の多くはこちらでは見かけることがないく、魚の写真とその名前を見るだけでも楽しい。読者による釣果の投稿写真のコーナーが20ページ以上もあり、みんな誇らしげだ。(その写真のほとんどは釣具屋で撮った様だ。それって不思議じゃない?) 広告も面白い。ダイワやオーナーばり、VARIVAS(モーリス)が、沖縄の魚の名前を使った製品を出している。えらいきめ細かいな。本当に沖縄限定商品なのか、名前を替えただけなのか。
古い雑誌の記事が宮古島へ行く気にさせた様に、この雑誌がまた沖縄の釣りに誘うだろうことは、まず間違いない。


イシミーバイ狙いのときから視界の中に白波が砕けるリーフ・エッジが見えて、気になっていた。リーフの向こうには大物が泳いでいると言う。端まで行けなくても、そんな大物がリーフに入り込んでいるかもしれない。アワヨクバ、そんなモンスター級を……、いやまてよ、バッキング・ラインは100ヤードしか巻いてない。そんなやつが掛かったら、ラインを全部持ってかれちゃうんじゃないか?
リーフの海底は、枝珊瑚が生えている箇所と、枝珊瑚が無くて砂が被っている箇所があるようだった。枝珊瑚が無い箇所は少し浅くなっていて、そんな場所を選んでウェーディングして来たが、リーフ・エッジに近づくに連れて、深くなってしまう。もう少しなんだが。リーフ・エッジ近辺がどんな流れになっているのかも知らないので、その場所から前進するのを諦め、届かないまでもせめてエッジに向ってフライを投げ続けるが……ガーラやタマンやバラクーダ、その他の魚も相手をしてくれず。もうこの後は潮は満るばかり。楽に帰れるうちに引き上げることにした。
同じ大潮でも潮の引き方が違う。八重干瀬が海面に現れる様なときにはきっと、リーフ・エッジに楽々辿り着けて、大物を狙うことが出来るだろう。今回の旅の釣りはこれでお終い。今度は潮の引き具合もよく調べなくては。じゃぁね、またね。
(つづく)

ガイドブックを見る限り宮古島の南部は絶壁が続き、その絶壁を波が洗っているらしく、自分の釣りのポイントがそこにあるのか心配だった。それで北部でイシミーバイを釣るという目的を果たすことを目論んでいたが、そうはいかなかった。
釣りが出来る日は残り一日。前日に食堂で一緒だった人に聞いたところでは、島の東側にはシュノーケリングに良い、遠浅の海岸があるらしい。南の海岸も絶壁続きであってもビーチがあるから、まぁ何とかなるだろう。平良港前から島を横断して東海岸側に出て、南下を始める。島の西や北側とは違って道が海面よりかなり上にあり、少し内寄りなため海が見えない。地元の人は降り口を知っていて海岸に行けるのかもしれないが、我々には分らないのでそのまま南下が続く。
そのうち車を止められる展望台があったので、そこで釣具屋弁当を食べた。そこから下を覗くと、とても美味しそうなリーフが見えるが、降りられそうなところが全く無い。イシミーバイ、いっぱい居るんだろうなぁ。指を銜えて……じゃなくて、弁当を頬張りながら眺めるしかなかった。

もう少し先に進み、漁港の一つで釣ることにした。今日も腰までのウェーディング。キャスト、リトリーブを繰り返しながら少しずつ沖へ向う。海は凄い透明度なのだが強風で海面が激しく波立って動いて、足下でさえ底の様子がはっきりしない。リーフの知識が無い自分には攻略ポイントが分らないが、ぼんやりと色合いが変わっている場所に海底に変化があることを期待して狙うものの反応なし。でも、希望はある。
この場所を選んだのは水面から出た岩があったからだ。これなら沖縄の釣りに不慣れでも、根魚系であるイシミーバイが居る場所を予想出来る。少し沖の岩の周りを狙っていると、フライを引き寄せることが出来なくなった。根掛かりした様な感触だ。フライを残すと怪我をする人が出ないとも限らない。外れないかぐいぐい引いていると、一度だけ動いた様な……。これはひょっとすると……。
フライの針は「返し」を潰してあるが、ここで賭けに出ることにした。他に手もないしね。ラインのテンションを緩め、秒読み開始。1、2、3、4、5。ここで「合わせ」をかける。根掛かりとは異なる生命感がある手応え! やはり魚がフライを銜えて潜り込んでいたのだ。引っ張られなくなったので根から出て来た。前日の魚たちとは違い、8番ロッドを曲げる力がある。期待を抱きつつ引き寄せる。そして、とうとうこの時がやって来た。イシミーバイだ。


というわけで、なかなか朝食に在り付けなかったんだけど、そういえば去年の那覇でも似た様な感じだった。出掛ける前にホテルで食べてくればよかったのだが、なんとなく、ホテルで食べると面白い食べ物との出会いの機会が一回減ってしまう気がして、つい避けてしまう。
車で出発する前、ホテル近辺を散歩していたら釣具屋があって、朝から開いていた。中に入ってみると、何だか不思議な品揃えで、釣具の他にホウキなどの日用雑貨が沢山並び、お菓子やおにぎり、弁当も売っていた。多分ここの客は、釣具や餌と一緒に弁当も買って、船で釣りに出掛けるのだろう。このとき炊き込みご飯のおにぎりなどを少し買っていたので、「うちなーじかん」の開店まで腹が持ったのだった。


(つづく)


この日は北方面に向うことになった。朝食を食べられそうな店が見つからないので、10時頃にでもガイドブックに載っている店で食べるつもりで宿を出発。時々海に降りて様子を見てみるのだが、海岸の様子がどうも予想と違う。結構すぐに深くなる様だ。更に潮が引いたら様子が違ってくるんだろうか。
目当ての店に着くが、閉まっている。目の前から電話をかけてみても出ない。段々と予定が狂って来る。更に先へ進み、他の店に着くが未だ開店していなかった。訊くと開けるのは11時からだとか。自分一人だけなら朝飯も昼飯も抜いて釣り優先にするところだがそういう訳にもいかず、先ず池間島まで行って戻ってくることにした。
11時前に到着。さあ急いで食べて、いよいよ勝負だと思ったら、今度は11時30分開店だと言う。「うちなーじかん」というやつですね、わかります。なかなか釣り始められない。やっと食事にありつき、これから良さそうなところを探していると潮が満ちてしまいそうで、もうお店のすぐ横で釣ることにした。
やっぱりここも想像とは違う。水中にあまり起伏がない様子。果たしてイシミーバイは居るのだろうか。不安ながらも釣りを続けていると、ん? 手に微かな振動が。

まぁ想定外の魚でも、釣れないよりはずっと良い。今度は本命を、とキャストを繰り返すが、後が続かない。今日は諦めて上がるかと思っていると、また弱々しい手応えが。

この日釣れたのはこの二匹だけ。本命のイシミーバイ(や、ガーラや、タマンや、モンガラカワハギや……)を釣る望みは翌日に持ち越されたのであった。
(つづく)

今回の装備について一通り説明しようと書き始めたが、読んでも面白くなさそうなので止めた。代わりに、リーダーとフライについてだけ書くことにする。
リーダーは最初、既製品の0Xから3Xのテーパード・リーダーをいくつか買ってみた。しかし海の魚に適当なのか自信が持てない。そこで宮古島でフィッシング・ガイドをしているLeoさんのページを参考に自作することにした。そういえば、ノッテッド・リーダーを作るのは初めてだ。
そのページはラインの太さをポンドで書いてあるので、4lb = 1号 の計算でフロロのラインを買って来て、
10号(1.5m) − 4号(70cm) − 8号(20cm)
のリーダーを作ったが……「何を釣るんだっけ? マグロ?」という代物が出来上がる。果たして20cm程度の魚がこんなリーダーの先についているフライを喰ってくれるんだろうか。そのページのポンド指定には幅があるし、自分の4lb = 1号の解釈が合っているのかも気になったが、悩んでいても仕様がないので、「現地のガイドさんの経験から生み出されたリーダーだ。海の魚は鋭い歯を持っているものが多いし、リーフの釣りは根ずれに強い仕掛けが求められるのだろう……多分」と言い聞かせ4本作ってみた。(実際に釣りをした後にリーダーを見ると、鉋で削ったみたいにささくれている。)
フライは、クレイジーチャーリーが主で、白、オレンジ、赤、ピンク、ゴールド系を用意した。リーフ内の釣りということで、根掛かりが心配された。フライのロスト対策には沢山巻いていけばいいのだが、珊瑚礁に針を残して来ると、それで怪我をする人も出かねない。極力回収するつもりではあるけども、絶対とは言えないので根掛かりを出来るだけ抑えたかった。
沖縄のフライフィッシングのページをいろいろ調べていて、面白いフライが載っているページを見つけた。
・LoveFish LoveFishing > ウチナー美ら海毛針釣り紀行 > 島フライ?
ワーム用フックのオフセット部を利用してウィードガードを取り付けた、クレイジーチャーリー系のフライ。確かにこれはとても良さそう。真似をしていくつか巻いて、持っていくことにした。(今回釣りをした時間は合計4時間程度で短かったこともあるだろうが、根掛かりによってロストしたフライは無かった。やはりこのデザインは有効だったと思う。)
(つづく)


宮古島に行かないかという誘いがあって、どうしたものかなと考えた。ダイビング・スポットとしてとても良いところとは聞いていたけども、それ以上の知識が無くて、マリン・スポーツに無縁な身としては触手が動かなかった。景色はとても良いらしいけど、特に有名な歴史的名所旧跡があるという訳でもなさそうだし。日頃からぼんやりしているものだから、「何も無いところでのんびり過ごす」という願望も特に無い。……まてよ、忙しく観光する必要がないということは ———
沖縄には去年はじめて行ったけど、そう言えば未だ実現出来ていないことがあったのだった。釣り。出来れば海でフライ・フィッシングをしてみたい。沖縄では、こちらでは考えられないサイズの魚が岸から釣れるらしい。ガーラやタマン、そういう大物を狙うのも良いだろう。でも、それ以外に釣ってみたい魚がある。イシミーバイ(標準和名は「カンモンハタ」)だ。
イシミーバイは沖縄ではとても一般的な魚で、最大でも30cm程度までしか大きくならないうえに釣り難い魚でもないので、ないちゃーが「イシミーバイを釣りに来たのです」と言えば、何故わざわざと変な顔をされるかもしれない。この魚を釣りたいと思うのは、フライフィッシングを始めた頃に買った雑誌に載っていた、珊瑚礁でイシミーバイを釣る記事の所為だ。
1994年10月号のフライフィッシャー誌の「コーラルウォーターのなかで…… 夏に向う沖縄での思い出」という、たった4ページの記事。潮が引いて膝下程度の深さになったリーフ、クレイジーチャーリーやオリジナルフライの写真が並ぶ。渓流魚を釣るのとはフィールドも、使用するフライも全然違う。そして釣れる魚も。記者が釣り上げたミーバイ(イシミーバイ)の写真に付けられたキャプションにはこう書かれている。
わずか10数cmだがこの顔の風格といい、根に張り付くパワーといい、れっきとしたファイターである。これから晩秋にかけても楽しめるターゲットだ
この記事は心の奥深く沈降して潜み続け、14年経った今、我を宮古島へ向わせた。
(つづく)


表札(?)は「弘法大師」になってますけど、本当に弘法さんですか?


お盆休みから早くも一週間。皆さんはゆっくり休めましたか? それとも、何処かへ出掛けたのでしょうか。私は今年もいつもの処へ。やっと今年最初の渓流釣りもして、魚の顔も一応見れました。
釣りと写真の趣味の両立は意外と難しく、釣りモードのときは写真どころじゃない感じ。宝石の様に美しいカワセミが目の前に現れても、「そんなところを飛ぶな。魚が逃げるじゃないかっ!」と悪態を吐く始末。携帯していたデジカメでは結局一枚も撮らなかった。いつになったら心穏やかな釣り人に成れるのだろうか。


夏だし、ベトナム料理も良いなぁ。5、6年前はブームだっから近くに結構ベトナム料理店があったのだけど、今はどれだけ残っているかな。


一度に何本ものフィルムを現像に出すときや写真を早く公開したいとき、CD-R に書き込むサービスを利用する。ところがそのスキャンの品質があまり良くないので、結局自分でスキャンし直すことになる。
しかし、6年前のベトナム旅行のときのネガを自分でスキャンして思うのは、そのとき CD-R に書いてもらった画像は相当出来が良いということだ。これは多分、最近は各店にあるミニラボシステムでその店の店員が作業を行うのに対し、当時は訓練された専門のオペレータが高価な機材でスキャン作業を行ったからじゃないかと思う。
いくら電子機器の性能が日進月歩で向上するといっても、コンシューマ用エントリーモデルのフィルムスキャナではなかなか勝てない。それでは自分でスキャンしても意味が無いのかというと、書き込みサービスによる画像は画素数が少なくてプリントには向かない為、プリンターで出力したいときは自分でスキャンし直す必要がある。
この上の画像は CD-R 書き込みサービスによるものだ。何度か自分でスキャンしてもみたが、全然敵わなかった。


これは写真屋のスキャンに負けた。魚の鱗が出ない。
そういえば、使っている Nikon のフィルムスキャナー COOLCAN V ED は生産終了になり、上位機種は値上げになったらしい。このエントリーモデル V ED の後継機種は……出ないだろうなぁ。

沖縄と言えば、「音楽」ではないだろうか。自分には、沖縄県の各島や奄美諸島が日本中で一番音楽が身近にあるイメージがある。沖縄料理の店で沖縄民謡を少し聴くことが出来た。さて、次は———
沖縄へ出掛ける前にジャズのライブを聴ける店に行ってみようと幾つかの店を調べておいたので、国際通り界隈を観光しながら場所と雰囲気を確認した。旅行二日目、ドライブ観光をしてから夜の食事もして、さて行ってみるかと思ったが、遅い時間にあまり宿から遠いところも帰ってくるのが大変だなと、比較的近くて名前が気になった『アンダーカレント』という店に入ってみることにした。

この店は調べた中にはなくて、たまたま歩いていて見つけた。ジャズで「アンダーカレント」といえばやっぱり、ビル・エヴァンスとジム・ホールのアルバム、“Undercurrent”から来ているのだろうか。(でもこの店、英語表記だと“Under Current”。)出演者はギーター・トリオで、チラシには曲はスタンダードナンバーやボサノバ等と書いてあった。ジム・ホールはギターのプレイヤーだし、どうもギターに拘った店らしい。ウクレレの「芸の肥」(?)的には曲の傾向もちょっと近いし、ピアノ・トリオ構成とかよりもいいかなと思ったのだ。
適当な店の選び方だったが、結果的には「当たり」だった。ギターの上原高夫氏の演奏は素晴らしく、そして格好良かった。フィンガーボードの上で蝶の様に舞う指が印象的で、NC制御の精密機械的な動きとはまた違ったタイプの超絶技巧を見た。帰ってきてからお店のWebページを見て分ったんだけど、ここはその上原氏の店らしいので、営業日は大抵その演奏を聴くことが出来るはず。我が地元でジャズのライブを聴こうと思ったらちょっと大変そうだけど、沖縄はやっぱり身近に音楽がある様な気がする。那覇に泊まることがあれば寄ってみてはいかがか。
その日は慣れない土地でのドライブで疲れていたこともあって、ライブ後に「ゆんたく」せずすぐに帰ったのがちょっと残念ではある。残りの泡盛を慌てて飲み干してきたからなのか頭痛で目が覚め、さて今日はどんな日になってしまうのかと悩む、そんな沖縄の夜だった。


フォト・アルバム: OKINAWA 2007
(2008年1月4日追記:公開していたページが壊れてしまったので、リンク先を変更)

沖縄と言えば、「沖縄料理」ではないだろうか。本場の沖縄料理を楽しみにしていた。短期の旅行では主立った料理を食べ尽くすことは出来ないけど、精々頑張ってみました。結構満足。
残念だったのは、旅行の最終日が牧志公設市場の定休日で、一度しか市場の食堂で食事が出来なかったことだ。嗚呼、あのアーサ汁も美味しかった。


その日、ホーチミンは暑かった。多分いつでも暑いのだろう。
観光客は普通、オプション・ツアーに参加して郊外に行っているか一生懸命買い物に励んでいて、日中はホテルになんか居ないものだろうが、喧しくて空気の悪い、横断歩道など全く役に立たないこの街を乗物にも乗らずに歩き回ってバテたので、ホテルの部屋に戻って少し休むことにした。
ホーチミンは夜になっても交通量が減らず、通りに面した部屋では騒音でなかなか寝られないという話も聞くが、そのとき泊まっていた部屋は静かな中庭側で、快適だった。
部屋に戻って暫くすると、大音量の音楽が響き渡った。ナンダ?ナンダ?と部屋から出てみると、中庭でパーティーをしており、どうやら結婚披露宴の様だ。こちらの披露宴は生バンドの演奏付きらしい。

最初はプロが歌っている様だったから、まだ良かった。途中から『カラオケ』ならぬ、生バンド演奏『のど自慢大会』の様相を呈してきて、順番が後になる程アルコールが効いてきているのか、凄まじい歌唱力に。とても休息にならなくなって、たまらず灼熱の街中観光に戻った。
他のホテルのことは分からないが、REXでは自分が泊まっている間、毎日何組もこんな結婚披露宴が行われて、新郎新婦が招待客と談笑する様子をよく見掛けた。

もうすぐベトナムに旅立つ人と、レックスホテルで食べた朝食は美味かったという話をしていて、いろいろ思い出してきた。
もう何年も前のことで今どうなのかは分からないが、レックスの朝食はベトナムと欧米風のものが一杯あるビュッフェ・スタイルで、ベトナムの料理や果物を少しずつ、いろいろ楽しめた。米食の国だし、中国の隣でその影響が強いから、お粥や麺類、餅など、日本食や中華に馴染んだ日本人にはそんなに違和感がない。
中でもお粥が気に入って、スープに近い感じの粥を食べていたのだけど、二日目にどうもそれは本来の『姿』ではないという事に気が付いた。他の宿泊客より朝が遅かったので、ほとんど米が残っていなかったのだ。ま、美味しかったから良いんだけどさ。
さて他には何を食べようかなと、うろうろしていると、随分と(横向きに)恰幅のいい欧米人のオバさんが、薄いトースト一枚とミルクを持って歩いていた。彼らにとっては、トーストやオレンジ・ジュース、オムレツといったもの以外は手を出し難いのだろう。美味いもの一杯なのに、わざわざそんなものを…。典型的な西洋コンプレックスの日本人である私も、この時ばかりは憐憫の眼差しを注がずにはいられなかった。