朝7時過ぎ起床。朝食は、野菜ジュース、ヨーグルト、バナナ。
8時前、歩いて出発。阪急で十三経由、烏丸へ。10時、いつものように漢詩の
会。畏友Hさんが1月下旬にスキーで大けが。今も入院中ということを知る。
12時終了。歩いて高島屋へ。いつものように、サンマルクでオムライス(カレー)。
十三経由で帰る。神戸線車内で教え子(卒業生)にばったり。あれこれ近況を
聞きながら戻る。
14時半過ぎ、帰宅。
夕食は、寒天、蕎麦。
シャワー。
1時頃就寝。
朝8時前、起床。朝食は、バナナ、野菜ジュース、ヨーグルト。
10時半過ぎ、雨が降りそうなので、車で出発。郵便局で支払いやら何やら。その後、銀行へ回って預けていた権利書を返してもらう。胡麻の店に寄って買い物。11時半過ぎ、帰宅。
昼食は、イトリキカレー(ココナッツ)。
北京から電話。
14時頃、空腹にたまらず、スパゲッティをちょっと炒める。鶏ガラスープの素とカレー粉で味付けしたまにあわせのもの。
3時間弱も昼寝(自然に寝てしまっていた。風邪引くぞ)。
夕食は、ダイエット食品。
半身浴。
今日の歩数:1468。
朝8時すぎ、起床。朝食は、鮭茶漬け、野菜ジュース。
9時、車で出発、9時半前に歯医者に到着、今日も歯の汚れ、歯茎のチェック。磨き方が雑なんだなぁ。次は三ヶ月後になった。ずっと担当だった歯科技師さんが三月いっぱいで退職とのこと。
大丸の駐車場に駐め、UFJでお金を引き出し、東京三菱で旅行小切手購入。
大丸でワインと弁当を買う。車に乗った後、銀行に傘を忘れたことに気付き、取りに戻る。
大学へ。11時半過ぎ、着。T先生、ふたりのTさんとあれこれ。
買ってきた弁当で昼食。
校正をすませ、書類を書き、14時過ぎ、帰宅。
15時半過ぎ、出発、小雨がぱらつく。どんよりした曇り空。ディーラーにゆき、前バンパーの交換。1時間半かかるという話だったが、半時間あまりで終了。まっすぐ帰宅。
夕食は、かけうどん(ひやあつ)、かつおぶし、海苔、ご飯に即席みそ汁。
長島監督という人がこれほどの存在だったとは知らなんだ。
朝8時すぎ覚醒。ずっとベッドのなかで、ワイドショー。9時半、起床。朝食は、粥、荷包蛋、酢のドリンク。
早めの昼食は、うどん。
12時半、奥様をジムに送り、それから銀行へ。郵便局経由でシーアへゆき、薬などを購入。14時過ぎ、奥様を拾って帰宅。
16時半、お嬢ちゃん帰宅。
しびれがきれた足で立ち上がった際に、奥様左足を捻挫か?厄災はつづく。
夕食は、やきそば、みそ汁。
23時前から電話。楽しみにしていた「鬼平」も見られず。エネルギー消耗して、発泡酒を煽り、0時半頃就寝。ゲッソリ
朝9時起床。朝食は、いも、りんご、伊予かん。
奥様は甲南病院の眼科へ。鈴木ムネオの証人喚問など少し見る。
奥様より、かなり長時間待たされそうとの連絡が入り、先にひとりで昼食。今朝とどいたばかりの讃岐うどん。
3時前、奥様帰宅。その後すぐに、お嬢ちゃんも帰宅。
夕方、お嬢ちゃんたちは塾へ。先週末のテスト、まずまずの出来だったらしく、喜んでいた。
夕食は、蓮根・大根もち、鮭、みそ汁(具だくさん)。
1時すぎ就寝。
7時20分起床。昨日と同じビュッフェ朝食。
9時バスで出発。四川路、「横浜橋」で降り、歩き始める。金子光晴故居を探して里弄に入る。住民の注目を集めて、うろうろ。
故居を無事探し当て、写真撮影など。日本人が建てた建物がまだ多く残る。
また歩いて内山書店跡へ。今は工商銀行になっていて、その2階が簡単な展示室になっている。銀行に入ると、今日は日曜日で展示室は空けていないと、ガードマンに軽くあしらわれるが、粘っていると、銀行員の女性が、日本からわざわざやってきた短期旅行団のために開けてくれた。
見学終わって、また歩く。魯迅故居を見学。また歩いて魯迅公園へ。魯迅記念館見学。
公園は8年ぶり、記念館は15年ぶりだが、記念館はすっかりきれいで大きな建物になっていて驚く。展示内容は、しかし、整理されたのか、少なくなったように感じた。日本は文学を軽く見ていて、中国は文学を重く見ている、そのひとつの現れがこの記念館だという声も聞くが、およそ国家がたてまつる文学などうさんくさい。毛沢東なくんば今の象徴たる魯迅なし。魯迅も漢姦すれすれの人であり、それこそ文学者なのである。なんてことを考えていると金子光晴のような詩人とのんきに向き合っていられる日本がはるかにすばらしく思えてくる。ま、科挙のあった国だから、あまり単純に国と文学の関係を捉えないほうがいいだろう。
魯迅参りの中学生の団体と相前後しつつ、魯迅の石像を見、墓を向こうに望む。
13時、展覧会場向かいの功徳林で精進料理。これなら、展覧会場は今日来ればよかったのにと心の中で思う。(^_^;
食後は自由行動。O先生とタクシーで楊樹浦方面へ。猶太人が押し込められていたあたり(共同租界内の無国籍避難民を収容した地区。管理してたのは日本軍)を散策。シナゴーグの摩西会堂が、今、猶太難民在上海記念館になっていて、見学。王さんとういう人から説明を聞く。
タクシーでフランス租界方面へ戻る。錦江飯店の少し北にある、馬勒会館という、変わった建物を見学。今は共青団の事務所として使われている。日曜で門もしまっていて、外から写真を撮ったり、ビデオを撮ったり(今回、私はカメラを持ってくるのを忘れたので、ぜんぶO先生のもの)。歩いて花園賓館へゆき、ラウンジでコーヒーを飲んで休憩。ここで上海書城に行っておけば良かったのだが、ちょっと疲れていたのと、今の上海なら本屋も夜遅くまでやっているだろうなんて思いこんでしまっていたので。
5時、向かいの錦江飯店に戻り、ここの売店をひやかしてから部屋に戻り休憩。
6時から11階のレストラン(四川料理)で食事。ガイドから、本屋は遅くまでやってないと宣告を受ける。
7時、淮海路に出て、O先生がお茶を買うのについてゆく。すぐに戻り、お別れ交歓会に出席、2時半頃まで。中国ワイン、Dynastyを少し飲んだ。