朝9時頃、起床。朝食は、バナナ、野菜ジュース、ヨーグルト。
11時前、早めの昼食。卵焼き、昆布など。
11時10分頃、歩いて登校。12時10分頃、学科の部屋に着く。
学生の対応。
5時間目、授業。後半は試験。みなすぐに出来て出て行った。意外。
18時前、帰途に着く。歩き、電車、歩き。18時半過ぎ、帰宅。
夕食は、ステーキ。おいしい。ビールも飲む。
半身浴。
今日、昼間、奥様達はジュンク堂とシーアに、歩いて行ったらしい。
朝7時半すぎ起床。朝食は、バナナ、野菜ジュース、ヨーグルト。
8時過ぎ、登校。歩き、電車、歩き。9時頃、学科の部屋に着く。
某センターへ行き、ご奉公しようするもブツがまだ届いていなくてだめ。
2時間目、試験。
昼食は、おにぎりなど。
昼休みから、某センターでご奉公。
14時40分、会議。つづいてもうひとつ会議。
16時半、迎車。いつもの道で、17時半すぎ、岸和田着。
夕食は、ピザ、押し寿司。
半身浴。早めに就寝。
朝6時半すぎ起床。朝食は、バナナ、野菜ジュース、ヨーグルト。
7時半、歩いて登校、8時半、学科の部屋に着く。途中、神社でトイレを借りたにもかかわらず、緊急事態発生で立ち小便する始末。
試験を持って、某科へ。謝るのみ。某研で中国人の先生数人とあれこれ。
1時間目、2時間目試験。
生協でテイクアウト、麻婆豆腐丼。
3時間目試験。N先生、L先生と成績評価の打ち合わせ。
学生が課題をこなしにくるのに対応。試験作成。
17時半、帰途に着く。バスで下り、電車、歩きで帰宅、18時15分頃帰着。
19時前、奥様達帰宅。今日は、午前はお嬢ちゃんの歯科健診、午後は、京都へお嬢ちゃんの健診に。
夕食は、おでん、肉まん。
半身浴。68.5kg。
今日の歩数:16149。
お嬢ちゃんの定期健診はこれで終了とのこと。よかった。
朝9時すぎ起床。朝食は、野菜ジュース。
本来、今日は京都で餃子パーティーの予定だったが、会場のDさん宅のお子さんが風邪になったので中止に。わたしは、病み上がりなので、どうせ行かなかっただろうが、奧樣とお嬢ちゃんはスケジュールが空いた。で、母達が、今日来ることに昨夜急に決まったのであった。
10時半頃、母達到着。
12時前、ホテルニューオータニ神戸にゆき、ラウンジでビュッフェ。食欲もひとつ。外に出て疲労感加速。
帰宅後、しばらくして寝てしまう。起きたら、母達は、もう帰ったという、夕方16時頃。
夕食は、ご飯、つけものなど。
早寝。
朝8時17分起床。大ショック、顔だけ洗って、8時25分、車で駅まで送ってもらう。31分の電車に間に合った。ふぅ。十三で駅そば。
10時前、ウイングス京都着。またWさんとこども達に遭遇。Kさんとも。Kさんとこのおじいちゃんが1月1日にお亡くなりになったことを知る。
漢詩の会。12時まで。B大での教え子が来ていて驚く。11月に続いて、セカンドハウスに向かうも満席。イノダコーヒー本店まで歩く。うまくない、喫茶店のスパゲッティを満喫。コーヒー豆を買って帰る。14時頃京都を離れた。
十三で降りられず、梅田へ。蓬莱のぶたまんを買う。駅まで迎車、奥様はジム帰り。帰宅後、すぐに、ぶたまんを食べる。
ディーラーまで車検済みの車を引き取りに行く。代車で向かう途中、踏切でちょっと怖い体験。
夕食は、スパゲッティ(にんにく、鷹の爪、チーズ)。
食後、大富豪。
成績の作業であれこれ。代講の下調べ。
朝8時過ぎ起床。朝食は、チョコパンひとつ、バナナ。
9時過ぎ、車で出発。郵便局によって義弟からの送金を受け取る。
大学まで送ってもらう。学科の部屋を経由して、某研へ。2時間目は試験。終了後、学科の部屋に戻り、学生の応対。13時過ぎ、昼食、弁当。
書類を書いたり、あれこれ。組合のことでもあれこれ…、大変。
16時前、某学生来襲。16時半、書道教室まで歩いて下りて、合流。UFJ銀行に寄るが某振り込みはうまくゆかず。
夕食は、鍋貼、みそ汁。
昨夜の大宅門の録画をみてから、おやつ。Sさんが送ってきてくださった、千鳥饅頭。
入浴後、本日の大宅門。
23時過ぎ就寝。今日は眠かった。
ログを見ると、しょっちゅうリンクが切れている。これほどまでに不安定な接続になるとは思っていなかった。8MのADSLは纖細すぎるな。どう対処すべきか。
10時起床。雨。いもを嫌ってバナナ二本。うきっ。
昼食は、白粥と紅焼肉、肉鬆。
1時20分夫婦で傘さし、小学校へ。お嬢ちゃんの授業参観。さすがに父親はわたしだけ。2時15分、授業の途中で抜け出して、大学へ。ドンクで好物のバターパン一袋を買い、バスで上る。3時前着。すぐにミーティング開始(パンをぱくつき、4個をたいらげてしまった)。来年の準備。メジャー持って下見に行ったり。
5時過ぎ終了。6時、迎車。
夕食は、かますと簡単中華風鍋。
今日の授業参観は、道徳で、谷川俊太郎の詩(「いちってね…」)を契機に命の大切さを学ぶのを見たのであった。実物大で実物と同じくらいの重さの赤ん坊の人形を抱っこしたりもしていた。へぇ〜、最近はわざわざこんな授業までするんだと感心する。さて、先生が質問:「みんなが大事にされているなと感じた時は?」。だれも手を挙げない。ひとりの女の子が、以前両親が迎えに来てくれていたのに、自分は家に戻ってしまい、そうとは知らない両親がさんざん探し回ったあげく、家で自分を見つけて、すごく叱ったときに、自分は大事にされているんだと感じたと話す。他の子は、反応なし。先生が、○○君、君がちゃんと服を着せてもらっているのも、大事にしてもらっていることだよね、と活路を開こうとしてもダメ。奥様曰く:先日見たNHKの番組の貴州省の苗族の10歳あまりの少女、両親は一年のほとんどを出稼ぎにゆき、彼女は2人の弟の世話をしながら、小学校に通い、田畑の仕事もしているのだが、インタビューに答えて、両親には本当に大事にしてもらって云々と語っていたのを思い出すと、なんたることかと思う、と。
しかし、帰宅したお嬢ちゃんは、大事にされていると思うことを色々列挙したらしい。みんな恥ずかしかっただけなのかな。因みに、お嬢ちゃんがわたしに大事にされていると感じているのは、ただ一点のみで、それは、苺が欲しいなと思っているときに、パパは自分の分を讓ってくれるということらしい。やっとひねり出した一点がこれ。ママに大事にされていると感じていることは、無尽蔵にあるようだ。…